――ひとりかくれんぼ。
というものをご存じだろうか?
有名な怪談、都市伝説のひとつであり、
交霊術の一種である。
交霊術の一種である。
準備するのは、
赤い糸と縫い針。
そして生米と人体の一部を詰め込んだぬいぐるみだ。
場所は自分以外、誰もいない家の中で行う。
ぬいぐるみには名前をつける。
今回は『くまのすけ』としておいた。
用意したのがテディベアだったからだ。
まずは適当な場所にこいつを設置する。
「くまのすけ、みーつけた」
そう言いながら、
用意していた包丁をくまのすけにぶっさす
用意していた包丁をくまのすけにぶっさす
「…。」
「…。」
「…。」
ちくたくと時計の秒針がなっている。
顔色の悪いジャージ姿の男は「時雨智之」18歳。
ぼさぼさ頭の白衣の男は「月宮三郎」20歳
ぼさぼさ頭の白衣の男は「月宮三郎」20歳
…月宮は留年しつづけて3年目になるが、二人とも高校三年生だ。
時雨智之
「なぁ化石先輩」
「なんだい疫病神君」
目も合わせず、互いに互いの偏見にみちた渾名を呼び合う。
時雨智之
「あんた今日、薬は飲んだんだろうな」
「…いや。昨日飲んでるからな。まだ大丈夫だろう」
白衣のポケットに手を入れ、そこにある錠剤を確認しながら、
月宮は言う。
月宮は言う。
月宮三郎
「この鎮静剤は、効きすぎるんだよ。眠くなってたまらない」
「そうか。まぁ、大変なんだろうな」
「お前のほうこそ、最近すっかり不登校扱いになってるが、いいのか?」
今度は月宮が時雨に問う。
時雨智之
「よくはないが。登校したくても毎朝何かしらのトラブルに巻き込まれるんだから、
どうしようもないだろう。
授業に間に合わないんだよ。」
「君の幼馴染の乙葉君が、
毎日心配して、君の担任を質問攻めにしてるらしいぞ。
たまには君のほうから、彼女に連絡してやりなよ」
「あいつは心配性すぎるんだ。
俺のことはほうっておけと、昔から言ってる」
「乙葉君は心配性すぎるってわけでもないだろう。
君は今月三度も交通事故に巻き込まれてるのだから、
次は命の危険があるかもしれない。
俺だってひやひやしてるよ」
…今日は車に撥ねられたんだって?不幸体質にもほどがある。
呆れた顔を隠すことなく、月宮は言った。
時雨智之
「自動車なわけあるか。
先週も今日も、ぶつかってきた相手は自転車だよ。
ちょうど下り坂で、ブレーキが壊れてたらしい。
巻き込まれて頭を打ったから、一度救急車には乗ったけど、今は問題ないさ」
巻き込まれて頭を打ったから、一度救急車には乗ったけど、今は問題ないさ」
「君のお得意の占いでも、そういうのは避けられないものか?」
「難しいね。気をつけなきゃいけないことはわかるけど、結局は運命ってやつだから」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
示し合わせたわけでもなく、二人は同時に窓の外を見る。
校庭のケヤキの木が、木漏れ日できらきらと輝いて見えた。
その向こうでは、運動部の生徒たちが明るい声をあげて活動している。
静けさしかないこの教室は、外界と完全に隔離されているように思えた。
静けさしかないこの教室は、外界と完全に隔離されているように思えた。
くまのすけ
「…。」
「さて、とりあえずの問題はこいつをどうするかだな」
不自然に鎮座しているぬいぐるみに視線を落とし、月宮は言う。
時雨智之
「あんたがまた、ひとりかくれんぼとか
余計なことするから面倒がふえた」
「あはは。若気のいたりってことでゆるしてくれよ」
「自分より年下にいうことかよ。化石先輩」
「お祓いしないといけないのかなあ」
時雨のつっこみを無視し、月宮は顎に手を当て考え込む。
時雨智之
「お祓いするなら、乙葉に頼むしかないな」
「乙葉君は今日、こっちには出られるのかい?」
時雨はちらりと時計に目をやる
――15時10分
時雨智之
「あいつは弓道部だし主将だから、
基本的にはうちにくる余裕はないぞ」
「せっかく、呪いのミツキさんに会えたのにねぇ」
月宮は意味深ににやつく。
時雨智之
「乙葉の場合は、俺たちが巻き込んだだけなんだから、もともと無関係なんだよ」
「とはいっても、もったいなくないか?だって…」
――呪いのミツキさんに出会った人間は、どんな願いでも一つだけ叶えてもらえる。
言葉をかみしめるように囁きながら、月宮は言う。
月宮三郎
「自分の願いでもいいし、他人の願いでもいい。
必ずかなえてくれるんだよ。
学校の七不思議をコンプリートした、報酬みたいなものじゃないか」
必ずかなえてくれるんだよ。
学校の七不思議をコンプリートした、報酬みたいなものじゃないか」
受け取らなきゃ損だろうと月宮は鼻を鳴らした。
月宮三郎
「俺はもう、かなえてもらえた。おかげで素晴らしい能力を手に入れたよ。
お前だって…詳しく話してくれないが、
願い事はしたと言っていたじゃないか」
お前だって…詳しく話してくれないが、
願い事はしたと言っていたじゃないか」
「ああ。俺だって願い事があったから、あんたの手伝いしてたんだ」
返事をする時雨の目はややうつろだ。
月宮三郎
「君はいいよな。もともと霊感も強いし、
占いだとか霊視だとか、他人にできないことをいろいろできる。
比べて俺は平凡だ。非凡に憧れたから、呪いのミツキさんを追ってた」
比べて俺は平凡だ。非凡に憧れたから、呪いのミツキさんを追ってた」
「留年してまで…ってあんたってしつこい男だな」
「時雨君との出会いには感謝してるよ。
君が霊的なものを見聞きできたおかげで、
六つの不思議に遭遇することができた。
本当に助かったよ」
君が霊的なものを見聞きできたおかげで、
六つの不思議に遭遇することができた。
本当に助かったよ」
「俺からすれば、怪奇現象オタクのあんたの気持ちなんてみじんもわからんがね。
お化けを見つけて、捕まえて、何が目的なんだ」
お化けを見つけて、捕まえて、何が目的なんだ」
「好奇心だよ。彼らが何を考えてるのか知りたかったんだ」
そういって、月宮はぬいぐるみを片手で持ち上げた。
くまのすけ「…!!」
とたん、ぬいぐるみは小刻みに震える。
額に張られたお札がはがれないよう、月宮は反対の手でお札を押さえつけた。
額に張られたお札がはがれないよう、月宮は反対の手でお札を押さえつけた。
月宮三郎
「で、時雨。くまのすけは今なんて言ってる?」
時雨智之
「それを聞いてどうするんだ。今日で三度目だぞ」
「いいから」
ため息をついて、時雨は軽く目を伏せ、見開いた。
――トランスモード。時雨のもつ第六感を最大限に研ぎ澄ます状態だ。
くまのすけ
「おうちにかえして。おうちにかえりたい」
「おうちはどこだ?どこにかえりたい?」
「わからない。やくそくしたから、かえらないと」
「どんな約束だ?誰と約束した?」
「わからない。おうちにかえして」
時雨智之
「…。」
「だそうだ。さっきから同じことしか言わない」
「ふーん。お化けってのは、思ったより会話にならないものだね」
「生きている人間と違って霊ってのは、
成長することがない、退化していくだけの存在だからな。
死後何年もたてば、自我すら失うのが普通だ」
「ふーん。つまり、
死霊というのは生きてた頃の残留思念みたいなものかな」
「だろうな。くまのすけに入ってる霊も、自我はほとんどないし、
目的にだけ、こだわってる」
…かわいそうだし、そろそろ解放してやったらどうか?と時雨は言う。
成仏だって、当人が望んでないのなら無理やりさせなくてもよいのではないかと。
月宮三郎
「まあ、もうちょっとくらいいいだろ。折角捕まえたんだし、
せめて乙葉君が来るまではこのままでいようぜ。
彼女、君よりもお化け関係に詳しいんだろ」
せめて乙葉君が来るまではこのままでいようぜ。
彼女、君よりもお化け関係に詳しいんだろ」
時雨智之
「詳しいというより。あいつの血筋が除霊師だらけだからな。
否が応でも、そういう相談を受けやすいのさ」
否が応でも、そういう相談を受けやすいのさ」
月宮三郎
「霊感占い師の君と、除霊師の乙葉君。素晴らしい組み合わせだね」
面白半分で月宮は拍手をしてみせた。
時雨智之
「…。」
そうして時雨が不機嫌にうつむいた途端、
がらりと教室の扉が開く。
がらりと教室の扉が開く。
――15時20分
藤原茜
「あ…あの?」
びくりと、男子二人は振り向いた。
外界から隔離されたこの世界において、
二人の知らない人物が現れることは、想定外だったのだ。
二人の知らない人物が現れることは、想定外だったのだ。
月宮&時雨
『!!!』
藤原茜
「え…?なんで人が…あれ?あの、私
ミツキさんの手紙受け取ってここに…
ミツキさんの手紙受け取ってここに…
うちの学校のオカルト研究部があるって」
「もしかして!部員のかたですか!?」
月宮三郎
「ああ。」
ようやく理解できた様子で、月宮は肩の力を抜いた。
月宮三郎
「ようこそ。君もあいつに会えたんだね。入部希望かい?歓迎するよ」
つかつかと、月宮は茜に歩み寄った。
藤原茜
「えっと…どなたでしょうか」
「三年の月宮三郎だよ。あいつは時雨智之」
「…。」
「どうも。私は二年の藤原茜です」
ぺこりとお辞儀を下した後、茜は考えを巡らせる。
――この人たちは誰だろう?上級生の、知らない男子生徒二人。
なぜかミツキさんの手紙にあった場所…開かずの扉の向こうに当たり前にいるし、
それも二人とも、どこか常人離れしたムードを感じる。
藤原茜
「…!!」
そこで茜は気づいた。
藤原茜
「もしかしてですけど、お二人が例の…?」
ククっと月宮は笑いをこぼした。
月宮三郎
「ああそうだよ。俺らは、ミツキさんの呪いに手を出した…
噂の当人だよ」
時雨智之
「…あんなものに手を出す物好きが、
俺ら以外にいるとは思わなかったがな」
藤原茜
「私も、まさか他の人に先を越されるとは思いませんでしたよ」
――茜と噂の二人。
稀有なまでにオカルトを追い求める三人は、
こうして出会った。
…To be continued