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早急に早急を重ね!

M9.0という、信じがたい大地震が、東北地方、そして私の母国いわき市に牙を向けました。津波の大きさは、我々の常識を遥かに超えて、命、家、物、場所、そして思い出をも一瞬にして飲み込んでしまった。


悔しいし、悲しいし、辛いし、この怒りをどこにぶつけていいかわかりません。


私の実家、私の家族、友人の家、友人の家族、全てを一気に破壊してしまった。宮城県石巻、宮城県柴田郡にいる私の大切な家族、未だ連絡つかず。昨日、仙台空港に閉じ込められていた、いとこの加奈、連絡取れてホント良かった。ひとりぼっちで寂しかっただろう。でも大丈夫。いざとなったらあんちゃん守ってやっからな!そしてお母さんもゼッタイ無事だから!待ってろよ!


求む!早急に行き届いたライフラインを!
求む!迅速な支援物資を!
そして共産党の方々、熱い支援、そして私が用意したストーブを送り出してくれましてありがとうございました。
東京都、並びに全国都道府県の皆様、自衛隊の方々、ボランティアの方々、心から感謝しております。


そして四ツ倉のみんな!伝統ある四ツ倉文化を絶やさず、この分厚い壁を叩き割り、今まで以上にスクラム組んで乗り切ろう。たけしあんちゃん、困ったことや苦しいことがあったら俺に言ってね。だって俺達兄弟だろ!なっ、あんちゃん!


早急に早急を重ね、東北全域にライフラインの復旧を!

アフロ・ロック・オケイ・ファイナルを書く前に

遅れ遅れのご挨拶あせる
明けましておめでとうございます。


本年も、dish outならびに村泰共々、何卒よろしゅうお頼申しやす!寂しがり屋のウサギ年ではありますが、月のウサギもスペイシー且つムードがあって魅力的でございます。フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン、あるいは月夜にボサ・ノバに酔いしれて・・・


2011年、皆様にとって素晴らしい年でありますように・・・

アフロ・ロック・オケイその3(遠い記憶)

昔こんな出来事がありました。


仕事にくたびれて帰って来たオフクロは、よく可愛がってた後輩が経営するラーメン店で、私を連れて食事する事が多かった。しかし、夜遅い時間の入店になってしまい、ラーメン店はclose。致し方なく、隣で同時経営していたスナックで、ラーメンをすするルーティーンが続きました。


スナックという事で、隣にはクソ汚れたジジィ~が酒に呑まれてカラオケ三昧。そんなある日の事、ラーメンをすするオフクロの隣にクソジジィ~がやって来てひとしきり話かけてきました。オフクロは酔っ払いの戯言だと思い、話を流して聞いていると、そのクソジジィ~、いきなりオフクロの胸を触り、もみ初めてました。オフクロは何もど怖じず、鋭い眼球でジジィ~を睨み、「触るなら黙って触るんじゃなく、一言断れむかっクソジジィ~むかっ」とオフクロの威圧でジジィ~は後込みしてしまいました。


オフクロはおそらく、大人のいやらしさを私に見せたく無かったのでしょう。私はその時、子供ながらにこう思いました。


「お母さんも女なんだ。俺が大人でもっと強かったら」と・・・


それ以来、私は夜のいかがわしい店に出入りする人間や、お店を見る度、過去のトラウマが疼き、イラだちを感じるようになりました。


そんなオフクロにも、メチャクチャ可愛がっていた義理の妹がいました。そう、私のオヤジの弟(せいじあんちゃん)の奥さんのサチ子ねぇ~ちゃん。


どことなく山口百恵に似た雰囲気を持っていて、口数は少ないけど、すごく優しい素直な女性でした。せいじあんちゃん共々、かなりオフクロを慕っていて、年中家に顔を出しては、オフクロの愛情に浸っていました。特にサチ子ねぇ~ちゃんに対するオフクロは、実の妹よりも可愛がっていたなぁ~。


サチ子サチ子って。


サチ子ねぇ~ちゃんも、一人っ子の片親で育ったらしく、ねぇ~ちゃんねぇ~ちゃんとかなり甘えていました。多分サチ子ねぇ~ちゃんにしてみたら、いつも気にかけてくれるオフクロの存在は、メチャクチャデカく、そして愛されてる実感を噛み締めていたのでしょう。


この二人の間にも子供がいました。
私の2つ下の女の子。
名前はみつえ。
家族の間での呼び名はみっつ。


サチ子ねぇ~ちゃんは、かなり激愛していました。それと同時にオフクロも、かなり注意深くみっつの成長と、親としてのサチ子ねぇ~ちゃんをを見守っていました。


しかし幸せはそう長くは続かなかった。


ある日、オフクロの元にせいじあんちゃんから一本の電話が入りました。「ねぇ~ちゃん、サチ子全然動かないんだけど]
オフクロは一目散にサチ子ねぇ~ちゃんの元に駆けつけ、ウンもスンも言わさず、すぐさま病院に搬送しました。


診断の結果、脳腫瘍による植物状態と判断されました。周りは、もう絶望的と肩を落として悲しみに暮れていました。しかしオフクロはけして諦め無かった。「サチ子!大丈夫だ!ねぇ~ちゃんが着いてる!」と言わんばかりに、持ち前の精神力と強気な姿勢で、サチ子ねぇ~ちゃんを看病していました。


今思えば、誰よりもオフクロがサチ子ねぇ~ちゃんを失いたく無かったのでしょう。

ある雨が燦々と降る夜、病院の駐車場に車を置き、オフクロが、「車で待ってて」と言うもんで、私とみっつは車で待機していました。ひとしきり待った後、せいじあんちゃんがやって来て、「いつもみっつ見ててくれてありがとな」と、プラモデルを私に差し伸べました。精神的にやつれたせいじあんちゃんを目で追いながら、ラジオから流れる曲が、荒井由美/ベルベット・イースターと、ある洋楽が流れていました。子供ながらに、不思議と落ち着く曲、イイ曲と感じた事を今でも鮮明に覚えています。後に、その不思議と落ち着く洋楽が、レッド・ツェッペリン/天国への階段であった事を知りました。


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荒井由美/ベルベット・イースター

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レッド・ツェッペリン/天国への階段


次の日、私も病院へ行き、廊下で待っていると、オフクロが病室から出て来て、オヤジを呼びました。そして私に近づき、「サチ子ねぇ~ちゃんにサヨナラしな」と私に伝えるオフクロの目には、溢れる程の涙が流れていました。その時、私は初めてオフクロの涙を見ました。「お母さんにも泣はあるんだ」と・・・


葬儀は、サチ子ねぇ~ちゃんの実家で静かに行われました。サチ子ねぇ~ちゃんの実家は、いわきでも北里離れた小さな村にあり、古くからのしきたりで火葬では無く土葬でした。祭壇が飾られる隅っこに、現実を受け止められないみっつが小さく座っていました。そしてオフクロの顔を目を逸らさず、ずっと見ていたのを鮮明に覚えています。


オフクロが言いました。「私に怒られると思ってみっつは泣くのガマンしてるんだわ」と・・・
オフクロはみっつの近くに寄り添い、「みっつ、泣いていいんだぞ!泣きな」と優しく声を掛けたみっつの目に、大粒の涙がこぼれ落ちました。


優しく抱きしめながら・・・


周りから聞こえる「若いのに可哀想に・・・」「気の毒に・・・」と見え透いた言葉が飛び交う中、オフクロはけして物怖じしなかった。おそらくサチ子ねぇ~ちゃんにこうつぶやいていたのでしょう。


「サチ子のバカ!何でみっつを置いて先に逝ったんだ!サチ子っ!」と・・・


皮肉な事に、葬儀の最中、祭りばやしが聞こえていました。帰りの車の中、ステレオからは来生たかお/Good-bye dayが流れていました。


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来生たかお/Good-bye・day


今も尚、サチ子ねぇ~ちゃんは天国で大好きなねぇ~ちゃんとみっつを見守っているのでしょう。オフクロは、若くして数々の別れを経験しています。その中で、サチ子ねぇ~ちゃんとの別れは、とても寂しい別れだったと思います。だからこそオフクロは、サチ子ねぇ~ちゃんの事を一切口にしません。


思い出を思い出にしたく無いからこそ・・・

つづく→