No Problem Net -6ページ目

miel

梅雨明け前の、トーキョー・メガ・スコール。




非常に激しゅ~ございました。




そんな日は、日頃出来ない事をやろうと、気張って気合いの大掃除。




レコードだのCDだの洋服だの、そしてまたレコードだのCDだのと、よくもまぁ~・・・




なだれを防ぐかのごとく、丁寧に積み上げ、そしてまた積み上げ、どんだけ積めば気がすむんだ!と、レコード達に怒りをぶつけるが、モノとして存在するレコードにハネッ返り、これぞドストレートな逆ギレだと、自分で自分が恥ずかしくなった。




とりあえずいったん手を止め、一服ついでにさりげなく置いてあった箱を開いてみると、そこに見たのは、 History of honey music from tokyo!










我々の大切なクルーの一人、ゆう子ちゃんが連載していたフリーペーパー「miel」001番、003番と、渋谷道玄坂クラブ「宙」でのイベント「Look OF LOVE」のライヴミックステープ。




タイムカプセルにも似た、我々にとっては非常にレア度の高い、思い出プレイバックの品々。




「miel」001前書きにて、4月にオープンした赤レンガ“motion blue”に、“Koop”を見に行ったと綴られているが、これは紛れもなく、“Waltz For Koop”ツアーの時ではないかっ!




このライヴに行けなかっただけに、悔やみに悔やんだ思いがよみがえってしまった(確か12インチボーナストラックに、Curtis Lundy / Never Gonna Let You Goをカバーした、 motion blueライヴバージョンが収録されており、とりあえずその一曲で気を落ち着かせた記憶が…)。




しかしmielの初刊が2002年、motion blueが4月にオープン、ということは・・・もう12年目!




最近のようなイメージがあるが、確かにオープンしたての頃、まだ東急桜木町駅が存在してた。




イヤハヤ懐かしい。




ケンニィー&俺共々、かなりガチなレコメント、我ながらアッパレ。




ゆう子ちゃん、マイ・フェイバリットにあげるは“ジョイス”。




時代はまさに、ブラジリアン一色を物語る。




純度100%のブラジリアンから、ヨーロッパ諸国と形を変え、セルメンクローンなるものに魅了された、その行く末にフュージョンあり。




サンバフュージョンを追い求め、レコ屋に何時間も粘りに粘ったあの日。




他の連中よりも、ワンランク上にいきたい欲求が、東欧、北欧まで攻めこみ、気がつけば、かなり遠くまで来たもんだと、財布の中身はオケラ寸前。




1000円→5000円→10000円→〇〇〇〇〇円と、我に帰ればマジでっ!な金額まで投資した。




喰うモン喰わず、飲むモン飲まず、ありとあらゆるムダをはぶき、ひたすらストイックに音の旅を続けたあの時代、今振り返ると、とてもキラキラしております。




あの時代の自分に、もし会えるならば、一言いいたい…




オマエ、無我夢中だな!と・・・




ワールドカップも終了したということで、 俺的ムジカロコムンドも、お後がよろしくこれにて終了。






























































夜明けのスキャット

満月が静かに照らす、今宵は熱帯夜。




夏草の香りがかすかなしるし、夜明けのスキャットとともに今週も無事終了。




ホッと溜め息が漏れる瞬間でございます。




頭の中をフラットにするべく、週間のデータベースを処理しようとするが、落ち着けば落ち着くほど、“腑に落ちない”という煩悩がうずき、決まって必ずフリーズしてしまう。




まだまだ未熟者でございます。




サービス業の嵯峨とでも申しましょうか、客観的な見地からモノを見る姿勢が板につき、相手側に対する配慮を踏まえ、常に空気なるものを読むよう勉めておりますが、完全なる主観的エゴを持つ人間と接するとき、どうしたって、どうあがいたって、誤差動を起こし、腑に落ちないフラストレーションが残ってしまう。




ときに殺意すら覚えてしまうほと・・・




人道上、理性と教養を持つ大人だけに、そこはグッとこらえ、笑顔で接するのだが…




以前、職種は違えど、サービス業を営む親友パンサーに、ハッキリモノを言うのは、時に人を傷つけると暗示されてからというもの、非暴力に徹し、常にオブラートに包みこみ、思いやりを持って人に接するよう勉めてる。




確かに、人に嫌われるより、好かれた方が利益に繋がる、正しくプロフェッショナルが考える哲学。




パンサー君、尊敬してますよ!




主観的な人間を分析してみると、どことなく卑屈で、尚且つ自己価値を重視している人間が多い。




自分を鏡に映すことなく、善悪二言論にも似た、好きか?嫌いか?、良いか?悪いか?など、自分の観点で優越をつけたがる。




本人の自覚とは裏腹に、周りは気を使い、マジメだとか、正直者だとかいうけれど、マジメに、正直にテロを働くヤツもいるわけで、直球でいえばただのバカヤローです。




人の欠点や粗探しを得意とし、オチョクルことに生きがいを見いだしているつもりなのか、都合が悪くなると、自分は弱い人間だ!と断言してしまう卑怯者。




そんな愚かな人間の実態は、かなりの拝金主義者。




手の施しようがないとは正しくこのこと。




だからパンサーの一言を一瞬破ってしまうが、このような場所を利用して、煩悩ムキ出しに・・




「オメェ~の価値観とか存在なんてひとやまなんぼなんだから、調子コイテでしゃばってんじゃねぇ~!」




ハァ~スッキリした!




週末、出来たら森林浴にでもでかけたい。




そこで読書なんかもいい。




その前に、夜明けのスキャットに体をゆだねよう。





















































































ちっぽけなプライド

静かに降り始める午前3時の246。




ギリギリセーフで帰宅O.K.でございます。




7月にもなると、世はボーナスシーズンで、喜ばしいムードになると思いきや、人格障害を起こしがちな人間も多くなるシーズン。




コチトラ個人事業主の立場、ボーナスなどほど遠いのだが・・・




造り手のポジション、否応なく客の会話が、ステレオ効果的に飛び込んでくるが、内容はとにかくグチ、グチ、グチ。




仕事、家庭、恋人e.t.c、まぁ~とにかくグチが吐いて捨てるほどあるらしい。




特にメンズが多い模様。




“クヨクヨするのは、男の専売特許”など、身近な大人が胸を張ってほざいていたが、グーの音が出ないとは正しくこのことだ。




ひと昔、“女の腐ったみたいに”といったもんだが、近年、この言葉は放送禁止バリに、女性に失礼だと思う今日この頃。




不平不満を自己処理できぬヤロー共、なんだか情けないです。




自業自得と考える前に、他人のせいにする、これまた情けない姿でございます。




自信の座右の銘として、故じぃちゃんの言葉がある。




“汗かいて一生懸命働け!そして自分と遊べ”

“女子供には優しくしろ”

“ムカついても顔に出すな”

“イライラしたら野生の王国を見ろ”

などなど・・・




大正の機械はすざまじいものです。




要は、全ては自分から発信されることであり、全ては自分らしくといいたかったのに違いない。




ちっぽけなプライドや見栄などどうでもいい、自分らしく自然にいれればそれでいい。




前略じいちゃん
俺、まだまだ生きてます!