ツインの相手は自分だ、という認識を実感した | 統合がゴールではない

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生きている中で、twin flame relationship、またはいわゆるツインレイと言われている人間関係の、別離期間(サイレント期間)の渦中にいます。ときにはポジティブに、ときには弱音を吐きながら、思ったことや学んだことを気ままにマイペースで書いて行こうと思っています

ツインレイと呼んでもツインフレイムと呼んでも、名称はどちらでもよいのですが、


この相手との関係性が、他の人と根本的に違う特別な性質を持つのはどこかというと、この相手が実は自分だということだとを、実感としてわかりました。


つまり、別離期間またはサイレント期間が起こるのは、自分のうちの女性側が自分のなかに否定している部分があるから。だから、否定している自分であるツインの相手が、否定されたと思って逃げたのよ。実際、否定したんだもの。


そして、自己統合とは、自分のあらゆる側面について自分で責任を持つ覚悟。自分のなかの、うまくいってる部分もそうでない部分も、人任せにしないで自分で担うこと。それによって、自分の写し鏡てある相手が戻ってくる。


そう、戻ってくる、なんか、スケートのペアの演技で、リンクいっぱいに離れたところから弧を描きながら近づいてまたいっしょに滑り始めるように。


私の場合は、社会的使命についてはツインフレイムの相手と会うずっと前から取り組んでいたし、自己肯定感もそこそこあると思っていました。なので、ツインフレイムの相手といっしょに身体的な部分に取り組めば合格、になるのかと思っていたので、相手に拒絶されたとき、私の身体のことはどうなるの???という部分が一番受け入れるのが難しい部分で、かつ、なんとか凌いでいれば相手がきっと助けに来てくれるはず、と思いながら何もせずに待つパターンに陥りかねないという意味でも難しい試練でした。でも、自分の身体、その、一番大事な、基本的なところをおろそかにしたり人任せにしたりしていたこと自体が、自己否定の最たるところだったのでした。


自分の身体は魂を分け合ったときにそれぞれ選んだ大事な乗り物だったのに、私のほうが自分の大事な身体を自分で受けとめて大事に扱うことをやってこなかった。少しはがんばってたけど根本的なところで自分の身体を肯定しきれていない部分があった。ツインフレイムの相手と出会って、身体のケアの基本的なことを教えてもらって、でも、統合するならあとのことは自分でなんとかしな、と、突き放された側面もあったとわかりました。


結局、しばらくして相手が癒してくれるのを待っていることが執着につながるとわかって、別の場所で施術を何回か受け、そのあとはセルフケアを継続して、ツインフレイムの相手に癒やしの面で依存せずにがんばれるところまで持ってくることができた。


つまり、ツインフレイム・プログラムにおいては、別離期間では自分の中で否定している部分が表面化され、その部分を抱きしめて受けとめて癒やしていく過程を経ることが大事だとわかりました。


また、この部分が理解できたので、ツインレイを理想の相手と捉えたり、再会をギフトに例えたりするのはちょっと違うかなと思っていたのは、描写のしかたがまるで他の人のことみたい、同じ魂なのに。。。という部分が気になっていたんだということもわかりました。