With Stringsというフォーマットの魅力
とても魅力的なフォーマットだし、古くはClifford Brownから近年のTom HarrellやCarl Saundersのような印象的な作品もあるBuddy ChildersとRussell Garciaのも非常に素晴らしかったし。でも手間とコストがかかるから日本でライブでこのフォーマットって滅多に見ることができないんだよなぁ。そう考えたらとってもやりたくなってきました。求む!スポンサー(笑)。
ネットやゲームの弊害
ネットは社会インフラに欠かせないものになっているし、ゲームは日本の大きな産業になっていることは十も承知だ。でも、最近の残虐な事件、特に若い人達の起こした事件っていうのを見ると、ネットやゲームというもののネガティブな影響というのが見えるように感じられる。ネットの世界はヴァーチャルだけど、そこで誰でもが主人公になれるような場所である。ゲームもヴァーチャルな世界で、その中で主人公足りうるし、ゲームを制覇することでその世界の中で神になることができるように思えるのである。こうした、閉じた、リアルではない世界に過剰に依存することで、自分の中に勝手な現実を作って暴走してしまう、そんな側面があるのではないかと思えてならない。列挙するだけで気分が滅入ってくるので挙げないが、近年の若い人が引き起こす凶悪犯罪みたいなものって、辿って行くとたいていネットやゲームにのめり込んでいるようなケースが多いように思える。もちろんのめり込んでいる人全てがそうだというわけではないのだが、ネットやゲームといった閉じたヴァーチャルな世界に没入することには大きな危険があるように思うのである。
こうした部分について研究なり何なりをして、鳴らすべき警鐘は鳴らすべきではないのか、とつくづく感じます。
こうした部分について研究なり何なりをして、鳴らすべき警鐘は鳴らすべきではないのか、とつくづく感じます。
出来の悪いノイズミュージックを聴かされているような事件
秋葉原の一件にはただただ驚き呆れるばかりだ。大体犯罪行為というのはその人の精神的な病理が出るものなのだが、それにしても醜悪である。ここのところ、いわゆるロック的な犯罪っていうのかな、「お前を殺して俺も死ぬ」みたいなのとか、自分の中に勝手に作り上げた世界みたいなのがあってそれを成就させる為の手段として殺傷事件を起こす、みたいなのが多いよいうに感じていた。最近よく見かける無差別大量殺人は、むしろノイズミュージック的な犯罪、という気がする。何にしても病んでるなぁ、と思わずにはいられない。日本だから刃物で済んだが、アメリカだったら小銃乱射かなんかでもっと凄惨になっていたのだろうなぁ。
ところで、まったくの私感なのだが、こうしたいわゆる凶悪犯罪を起こしてしまう人達の共通項として挙げられるのではないかと思うのがゲームとネットである。どちらもその世界に没入してしまいやすく、そうしたものの中にある世界観に取り込まれてしまいやすい、という点。そして自分がその閉じた世界の主人公となってしまう点。
私はコンピューターゲームはやらないのだが、いわゆるこういうゲームが家庭に入ってきた1980年前半あたりを境にして、ファミコンなどのゲームにどっぷり浸かるかどうか、というところで、人の思考回路が変わってきたような気がするのは私だけだろうか。ネットやゲームのように、仮想の世界で自らが主人公になるという環境が身近に存在することについてのネガティブな面についてはもっと研究がなされても良いように私には思える。
ところで、まったくの私感なのだが、こうしたいわゆる凶悪犯罪を起こしてしまう人達の共通項として挙げられるのではないかと思うのがゲームとネットである。どちらもその世界に没入してしまいやすく、そうしたものの中にある世界観に取り込まれてしまいやすい、という点。そして自分がその閉じた世界の主人公となってしまう点。
私はコンピューターゲームはやらないのだが、いわゆるこういうゲームが家庭に入ってきた1980年前半あたりを境にして、ファミコンなどのゲームにどっぷり浸かるかどうか、というところで、人の思考回路が変わってきたような気がするのは私だけだろうか。ネットやゲームのように、仮想の世界で自らが主人公になるという環境が身近に存在することについてのネガティブな面についてはもっと研究がなされても良いように私には思える。