アンプは何のためにある?
10年ちょっと前の話ですが、娘が中学受験をするというのでいくつかの学校を見ました。そのうちの一つだった共立女子中は弦楽合奏部がそこそこ有名らしく、説明会前に演奏をしました。弦バスは1人しかいなかったのですが、キャパ800くらいの講堂でものすごくよく聴こえたのです。当然生音で。
これを見た時に「ウッドベースって共鳴体の箱が大きいから音量は印象以上に大きいのではないか?」と考えるようになって、自分のバンドでもベースを生音でやる方向にシフトしていきました。電気楽器の発達とアンプの進化、ロックの台頭などによって、「アンプを使って音量を増幅するのが当たり前」になってしまっているようですが、それで良いのか?という疑念を感じています。
ソリッドギターやソリッドベースのように、共鳴体を持たず、アンプによる人為的音量増幅がマストな楽器もあるのでアンプの利用は否定しないのですが、その音量はどこにバランスさせるべきなのかということが見失われているように思えるのです。アメリカ音楽でのアンプの利用の歴史を音源で辿ると、チャーリー.クリスチャン辺りが録音で記録された最も古いものの一つと思えますが、アンプを使ってギターが管楽器同様フロント楽器として活躍した録音は1953年のスタン.ケントンによる「トランペットとギターのためのインヴェンション」ではないかと思われます。恐らくこの頃にアンプの性能がかなり進化したと思われます。以後、レス.ブラウンのバンド.オブ.レナウンではギターがメロディの1オクターブ下をユニゾンで弾くスタイルで一世を風靡したりしています。この時の音量設定は「生楽器とバランスさせる」ものであったはずです。黎明期のロックなどの録音でも恐らくはヴォーカル辺りを音量の基準に置いてバランスを作っていたはずです。このバランスが時代を追うにつれて忘れられているのではないかと思えるのです。1950年台の譜面では、シングルトーンで弾くときはアンプを使い、コードカッティングではアンプを切れ、という譜面があったりもしています(現物を持っています)。これは共鳴体の小さいギターのケースであるように思えるのです。いずれにしても、アンプが出てきた頃の時代のアンプの使用方法は「生楽器とバランスさせる」道具であったと思われるのです。黎明期のロックなどの音楽でもそういう使い方がされていたことが推測されます。
これがいつの間にかアンプは「自分の好きな音量にする道具」に置き換わっていったような気がします。特にアマチュアの方は大抵こうなっちゃってるように思われます。そうするとヴォーカルも聴こえないからマイク使ってモニターに返してもらって大音量になり、ホーンセクションも聴こえないから同様、という現場になりがちなのではないかと。
だから、アンプが必要な楽器を使う時、アコースティックな楽器であってもアンプを使う時には、全体とバランスの取れた音量でやるべきだと思うのです。そこで作られたバランスを会場の条件に合わせてPAさんにお願いすればよい、と。この辺りのことが日本の非クラシックな現場では見落とされているような気がするのです。