Threadsを見ていて気がついたこと
先月くらいからthreadsを覗き始めました。なんだかよくわからないのですが、外国人旅行者のマナーがどうしたとか外国人居住者のナニがどうしたという感じでの排斥や拒絶の書き込みがやたらと多くてゲンナリしています。あまり深入りしなくて良いな、と判断しています。こういうのネトウヨっていうんですかね?なんだかよくわからないんですが、この手の書き込みに共通していることがはっきりあるんです。それは
「一つの現象に対してディスってるだけで、その状況がどうして起きているかを考えない」
または
「もし自分がその現象の当事者の立場になったらどう考えるか、というような発想がゼロ」
ということなのです。日本に労働力として外国人を増やそうとしたり、観光立国として海外からの観光客を増やしたら異本の経済にとって良いのでは、というスタンスに立ってそうした政策を推し進めているのは「日本政府」なのですが、なぜか日本政府なり政権与党に対する批判がほとんど見えないんです。まぁ大半は匿名であることをいいことにして好き勝手に書いてるだけなんでしょうが、なんだか脊髄反射みたいな文章ばかりできちんとした考察がないんです。真っ当な右翼であれば政府に対してもおかしいことはおかしいとちゃんと主張するので(例えば一水会)、こうした表層だけで排斥したりディスったりするのに「ウヨ」という表現をするのは右翼の方にも失礼ではないかとも思えます。思想背景も何もないんです。ある意味思考停止です。もし自分がワーホリで海外に稼ぎに出かけた時に現地で差別されたらどうなの?みたいな思考が一切ないんです。他人の立場に立って考えることが全くできていないんです。
ここで気になるのは、もしかするとゆとり教育以降に顕著になったのかもしれないのですが、学校教育の中で「上の言った事は守る」みたいな教育が徹底されたことがこの現象を生んでいるのかもしれないな、ということです。例えば麻薬はいけない、みたいな話ですが、ジャズなんて音楽をやってると過去の(少ないですが現在でも)巨匠と言われる人達のドラッグの話なんて掃いて捨てるほどあります。っていうかドラッグを全否定したら20世紀のポップ・ミュージックは存在しないかもしれません。オーバードースで人格が破綻したり早死にしたりするケースは過去にもたくさんありますが、そうした人たちの作品は否定される事はありません。でも日本だとドラッグで問題を起こしたアーチストの作品はオクラになるケースが多いです。理由も何もなく、ドラッグをやった犯罪者というだけで全て否定されちゃう傾向ってのが日本にははっきりありますよね。問答無用、みたいな感じで。そうした問題が起きた状況などなどの考察や配慮は一切ないんです。これもある意味思考停止なんです。自分の身内がドラッグで問題起こしたらどう対応すべきなの?という発想がゼロです。
つまり、いわゆるネトウヨ的言論って、思考停止の産物に過ぎないとしか思えないんです(だからこの表現は真っ当な右翼に対して失礼だと思える)。これは結構怖い事です。
第二次大戦時の日本軍の失敗を分析した名著に「失敗の本質」という本があります。今売られている版の表紙に、失敗する組織の特徴てのが書かれているんですが、その中の一つに「大きな声は論理に勝る」というのがあります。この本は組織論なのですが、ネット言論がまさにこの状況なのが実に怖いのです。匿名の無責任な脊髄反射みたいな言論が幅を利かせちゃう可能性が高いんです。ネット言論の匿名制を廃止すれば問題解消するような気がしますが、まずはそうならないので、ここは恐ろしいところです。
こうしたネット言論の背後にあるのは承認欲求みたいなものなので、そろそろネット言論からは距離をおいてもいいのかもしれません。