サウンドデザインとその再生
音楽というものは音によるデザインだと考えています。クラシックでは昔からこの考えが確立しているので、時代によってバロック、古典、ロマン派、印象派などと美術のスタイルにリンクした用語が使われています。他方ジャズも100有余年の歴史の中でスゥイング、ビバップ、モードなどなど時代によって様々なスタイルで形容されます。こうしたスタイルは再生され続けることで次世代に引き継がれます。再生されなければそのスタイルは廃れてしまうでしょう。クラシックで時代によって様々な様式美があるのと同じものがジャズにもあります。1950-60年代のジャズにはミッドセンチュリーモダンデザインとの共振がはっきりあるように感じられます。こうしたデザインプロダクトのレプリカが愛用されるづけるように、音楽も再生されて良いし、オリジナルアレンジメントを再生することも大事というか必須に思えます。前にも書いていることですが、例えば今年亡くなったベニー.ゴルソンのアレンジメント、いわゆるゴルソンハーモニーと呼ばれるものですが、あれをリハーモナイゼーションしてしまうと最早それはゴルソンハーモニーではありません。書かれたアレンジはデザインなので再生されてこそそのサウンドが作れるわけです。もちろん曲中のソロは演奏者で全然変わってきますが、テーマにおける意匠はオリジナルに忠実であるべきではないかと思えるのです。日本の話芸でいうと古典落語と新作落語のようなものです。古典落語は筋は皆さんおなじみですが、演者で全然変わってきますし、同じ演者でも同じものにはならないのです。もしも落語が新作だけに限定されたらそのスタイルは残らないでしょう(その意味ではいわゆる漫才的なお笑いとかコントはかなり難しい時代になっているのではないかと思われます)。
ジャズについては日本では常に「新しい」という記号がセールストークで重たいものになっているように思えます。新しくするために音楽を何回にするとリスナーが付いて来られなくなって結局多くの支持を得られないというリスクもまた大きいと思われるのです。この辺りを演奏家として慎重に考えながら音楽を提示していきたいなぁ、と考えています。