自分の道を進むんだ的な
ことを良く言われる。
道と聞くと、
現実世界では道路だろう。
でも道路は基本的に誰かに
よって作られた物だ。
現実世界において
整備されていない道を探す方が難しい。
山でしかそういうところは見つかりにくいかもしれないし、
見つかっても
大抵は立ち入り禁止の領域だろう。
何がいいたいのかというと
道と聞くと普段の暮らしでは
整備されてしきっている道を
想像してしまう。
だからこそ
自分の道なんいうのも
そこにあるように錯覚してしまうのだ。
しかし、
自分の道ほど整備されていないものはない。
いや
整備されている時点でそれはもう誰か他人の道なのである。
自分の道なんてものはないってことだ。
そんなものを追い求めたって
ないものはないのだから
探す意味もないだろう。
だから、
道はなくていい。
あってはいけない。
道がないなかで
どうしていくかこれだけを
ある意味で考えていけば良いのだ。
唯一あるとするのであれば
振り返っときに
そこに自分の道ができているのだ。
それはもう過去にすぎない。
自分の道なんてどうだっていい
この気持ちが自分の道を
創り出す為に一番必要なことなのかもしれない。
もう一度言うが、
自分の道なんてない。
だから探そうとするな。
それを叩き込んでいけ。