他人でも本でも思想なんでもいいのだが、
簡単に理解できると思ってはいけない。
なぜなら、違うすべては自分とは違うものだからだ。
そんな違うものなんだから自分とは違う考え方をし、
自分とは違う行動をとる。
だから、
簡単に言ってしまえば
理解なんていうものはできないのだ。
おそらく100%理解するということはできないのだろう。
それほど違うということは理解することにネックになるということだ。
もともとの生まれであったり
生活環境も人間関係も
あらゆるものすべてが違うのである。
同じものはほとんどないのだ。
そんな中で理解できると思い込んでいる方が
逆に不自然ではないだろうか。
理解なんてできるわけないのだ。
それでもなにかを理解したかったら、
まずはその違いを理解する。
この人と私は違うんだといことを。
この本を書いた人と私は違うんだということを。
この思想を教えている人と私は違うんだということを。
その理解があって初めて
スタートラインに立てるのだ。
その理解なくしては
スタートラインに立つ事すら出来ないということ。
徹底的に違うということを認める。
徹底的に違うということを叩き込む。
スタートラインに立つには
常に違うということを意識していかなければいけない。
理解をするというスタートラインに立つことも
それほどたいへんなことなのだ。
そしてそんなたいへんなことをしても所詮スタートライン。
理解するということはそれほど難しい事なのだ。