やらないか?(土曜日新木場にてパート2)
先日つってもけっこう前の日記の続きです。エクセルシオールに入ったところまで書いたので、そこからいきます。これは男たちの再生の物語(日記)です。刮目せよ!
「昔から面白い話題はエクセルシオールから生まれてきた」なんてことは特にないけど、やっぱり一番落ち着くのはエクセルシオールですね。タバコは吸えるし、周りの人の会話もよく聞こえるし。水が飲めるのが大きいですね。水にレモンシロップ?入れればちょっとしたレモンウォーターの出来上がり。うまくはないけど黙々と水を飲んでいるよりは全然うまい。
「なんか楽しいことないかね」どちらともなく落ち着いたのはやはりその話題だった。娘が成人したと思ったらすぐに結婚してしまい、家を出て行ってしまった後にぽつんと残された夫婦が晩飯の時間に毎度毎度「○子は元気だろうか?」という会話に落ち着いてしまうように、われわれもこの話題にいつも落ち着いてしまう。なぜこうなってしまったのだろうか。簡単なことだ。現在面白いことがない。昔は「おもしろ情報発信基地」を自己満足で自負していたわれわれが「最近の若いのはなにが楽しいのだろうか」なんてイーモバイルが一部地域はドコモから回線を借りてサービスを提供するみたいに他人任せになってしまった感がいなめない。昔ならどこかで誰かが面白いことをしていても「ばかやろー!こっちの方が面白いに決まってんだろ!!」なーんて一蹴していたのに、今では「え、ほんとですか?立ち見でも結構ですから覗かせてください。げへへ」なんて臭い息して擦り寄っていくようになってしまった気がする。もちろんプライドはある。お釣りが来るほどたっぷりある。世間に対して「負けてられっか!」という気持ちは昔から変わらない。ただ、自分が思っている以上に時間が流れるのが早く、追いつけていない。昔は足掻いて足掻いてどうにか水面に顔を出していた気がしたが、今はもう徐々に体力がなくなってきて足掻けども足掻けどもなかなか水面に顔が出ない。困ったことに切迫感だけは年々強くなっていく一方だ。
なんとかならんもんかな、なんて頬杖着きつつ考えていたらいつのまにかバスの時間が近づいてきていた。「行こうぜ!」なんつっておもむろにジャケットを羽織り、バス乗り場へ向かう。結構並んでいるではないか。
バスの扉が開くのを待っていると、われわれの後ろに5人組くらいの集団が。こいつらがペチャクチャうるさい。もしかしたら今われわれに必要なのはこういうサブマシンガン的な一発一発はそれほど大事でもないが、たくさん打てばそれなりのダメージを与えられるようなこういう面白みなのか?いやいや、違うだろ。こんなのいらんだろ。サブマシンガンよりは火縄銃だろやっぱ。
なんてことを考えていたらバスの扉も開き、「うっほーい!」なんつってバスに乗り込む。やっぱ首都高っていいよね。六本木からお台場方面へ。高層ビルが縦列する景色を眺めていると突然視界が開けてレインボーブリッジと観覧車が眼前に広がる。あのときほどテンションが上がるときはない。夢の国ですよ。現実感一切なし。超非現実的。うっほっほーい。たまに来るからいいんだろうね。これで花火でも上がってればもう文句の付けようもないので、ぼくが車で行くときにはいつも花火を上げてくれればいいのに。
バスから降り立つと潮の香りが鼻腔をくすぐる。もうテンションはマックスだぜ!ってことで上着とかが邪魔だからコインロッカーへ。コインロッカーに上着やら鞄やらを詰めていると友人の動きが止まっていることに気付く。「どうした?」声をかけるとどうやら上着を脱ぐか脱ぐまいか悩んでいるらしい。そうか、こいつはこの下は半袖一枚か。そりゃ寒いわ。どうするか見守っているとおもむろに「ばさり」と上着を脱いだ。やはり男だ、こいつは。脱いだ後はしばらく電動コケシのようにブルブルしていたが。
中に入りボディーチェックを済ます。相変わらずの徹底ぶりだ。ただこのセキュリティーの人達はたばこの匂いも嗅ぐが、たばこ以外の非合法的な匂いを嗅ぎ取ることができるのだろうか。まあいいや。
最近口を開けば「ウォッカ最高よ」と言っている友人の口車に乗せられ二人でキュッ、チャーって男らしく一息で飲み干しライムを齧る。「おっ!きたこれ!」とまでは悔しいからならなかったが、胸がホットになった。なかなか悪くはないね。ちびちび飲むよりはよっぽどいい。
まあその後は、Rasmus Faberのピアノがすごくて、ピアノの先生を親に持つぼくとしてはなんか悔しくなったり、Rasmus Faberがとてもよかったんでかなり足首と足の付け根と膝と腰が痛くなったりとかなり楽しみました。
どうでもいいんですが、プレステのゲームで「パチパラ」ってパチンコの海物語のゲームがあって、その中に「パチンコ風雲録」ってモードがあるんですよ。その「パチンコ風雲録」っていうのは説明すると長くなるんで簡単に言うと「プチ龍が如く」みたいな感じ。で、その「パチンコ風雲録」の中で女の子とデートできるんですが、そのデート場所の選択肢の中にクラブってのがあるんですよ。
そのクラブに行くとみんな踊り方がおかしくて「こんなんねーだろ」なんて突っ込まずにいられないような代物なんだけど、あれってうまく表現されてるなって思いました。アンコールがかかってサービス精神旺盛に予定時間を過ぎてもプレイしてくれていたんですよ。そのとき照明は点けっぱなしになってて、階段の上から閑散としだしたフロアー見てたら、「この光景パチンコ風雲録のクラブにそっくりだな」なんて思いました。そんだけ。パチパラがどんなもんか知りたい人は永井先生のニコニコ見ればたくさんアップされてるから分かりやすいと思います。
ageHaは人を正直にさせる。なんて思うんですが、いかがでしょう?前後関係なさ過ぎて意味わかんないと思うんですが、そう思うんですよ。なんていうか中学生の修学旅行の夜みたいな。
「おれは将来漫画家になりたいんだ!」なんてことを恥ずかしげもなくあそこなら言えるんですよね。言ってないけど。
友人と疲れたから座って話していると、少し前までいたエクセルシオールでの会話とはまるで違う会話になる。「なにか面白いことはないだろうか」ではなく、「なにか面白いことしなきゃならんね」となる。非常に前向きになれるんですよ。
そう、今までと同じではいかんのです。今までと同じこと+アルファをしないとならんのです。+アルファをするためにはまず自分から動かないとならんのです。そんな当たり前のことを認識させてくれる。
なにがそうさせるのか……そう、やっぱりあの現実感の無さだろう。お台場という立地といい、あのプールといい、眺めといい。現実感がまるでない。現実感のまるでない世界に浸っていると、現実感まる出しの自分なんてどこかへ消えてしまう。「やらないか?」ってなってくるんです。
ただ、問題はこの気持ちをどれだけ維持していられるかなんですよね。あれからもうすぐ一ヶ月くらい経ちますが、あのかがり火はもう消えてしまった。面白いくらいにがんばらなくなってしまう。このまま敷かれたレールの上をちんたら走り続けるなんてごめんこうむる!なんていつも思ってはいるんですが、なにもしない。ダメ人間ここに極まっている。なんか面白いことないかな。結局そこに落ち着いてしまうんですよね。困ったちゃんです。またageHa行かなきゃこりゃ治らんわ。
「昔から面白い話題はエクセルシオールから生まれてきた」なんてことは特にないけど、やっぱり一番落ち着くのはエクセルシオールですね。タバコは吸えるし、周りの人の会話もよく聞こえるし。水が飲めるのが大きいですね。水にレモンシロップ?入れればちょっとしたレモンウォーターの出来上がり。うまくはないけど黙々と水を飲んでいるよりは全然うまい。
「なんか楽しいことないかね」どちらともなく落ち着いたのはやはりその話題だった。娘が成人したと思ったらすぐに結婚してしまい、家を出て行ってしまった後にぽつんと残された夫婦が晩飯の時間に毎度毎度「○子は元気だろうか?」という会話に落ち着いてしまうように、われわれもこの話題にいつも落ち着いてしまう。なぜこうなってしまったのだろうか。簡単なことだ。現在面白いことがない。昔は「おもしろ情報発信基地」を自己満足で自負していたわれわれが「最近の若いのはなにが楽しいのだろうか」なんてイーモバイルが一部地域はドコモから回線を借りてサービスを提供するみたいに他人任せになってしまった感がいなめない。昔ならどこかで誰かが面白いことをしていても「ばかやろー!こっちの方が面白いに決まってんだろ!!」なーんて一蹴していたのに、今では「え、ほんとですか?立ち見でも結構ですから覗かせてください。げへへ」なんて臭い息して擦り寄っていくようになってしまった気がする。もちろんプライドはある。お釣りが来るほどたっぷりある。世間に対して「負けてられっか!」という気持ちは昔から変わらない。ただ、自分が思っている以上に時間が流れるのが早く、追いつけていない。昔は足掻いて足掻いてどうにか水面に顔を出していた気がしたが、今はもう徐々に体力がなくなってきて足掻けども足掻けどもなかなか水面に顔が出ない。困ったことに切迫感だけは年々強くなっていく一方だ。
なんとかならんもんかな、なんて頬杖着きつつ考えていたらいつのまにかバスの時間が近づいてきていた。「行こうぜ!」なんつっておもむろにジャケットを羽織り、バス乗り場へ向かう。結構並んでいるではないか。
バスの扉が開くのを待っていると、われわれの後ろに5人組くらいの集団が。こいつらがペチャクチャうるさい。もしかしたら今われわれに必要なのはこういうサブマシンガン的な一発一発はそれほど大事でもないが、たくさん打てばそれなりのダメージを与えられるようなこういう面白みなのか?いやいや、違うだろ。こんなのいらんだろ。サブマシンガンよりは火縄銃だろやっぱ。
なんてことを考えていたらバスの扉も開き、「うっほーい!」なんつってバスに乗り込む。やっぱ首都高っていいよね。六本木からお台場方面へ。高層ビルが縦列する景色を眺めていると突然視界が開けてレインボーブリッジと観覧車が眼前に広がる。あのときほどテンションが上がるときはない。夢の国ですよ。現実感一切なし。超非現実的。うっほっほーい。たまに来るからいいんだろうね。これで花火でも上がってればもう文句の付けようもないので、ぼくが車で行くときにはいつも花火を上げてくれればいいのに。
バスから降り立つと潮の香りが鼻腔をくすぐる。もうテンションはマックスだぜ!ってことで上着とかが邪魔だからコインロッカーへ。コインロッカーに上着やら鞄やらを詰めていると友人の動きが止まっていることに気付く。「どうした?」声をかけるとどうやら上着を脱ぐか脱ぐまいか悩んでいるらしい。そうか、こいつはこの下は半袖一枚か。そりゃ寒いわ。どうするか見守っているとおもむろに「ばさり」と上着を脱いだ。やはり男だ、こいつは。脱いだ後はしばらく電動コケシのようにブルブルしていたが。
中に入りボディーチェックを済ます。相変わらずの徹底ぶりだ。ただこのセキュリティーの人達はたばこの匂いも嗅ぐが、たばこ以外の非合法的な匂いを嗅ぎ取ることができるのだろうか。まあいいや。
最近口を開けば「ウォッカ最高よ」と言っている友人の口車に乗せられ二人でキュッ、チャーって男らしく一息で飲み干しライムを齧る。「おっ!きたこれ!」とまでは悔しいからならなかったが、胸がホットになった。なかなか悪くはないね。ちびちび飲むよりはよっぽどいい。
まあその後は、Rasmus Faberのピアノがすごくて、ピアノの先生を親に持つぼくとしてはなんか悔しくなったり、Rasmus Faberがとてもよかったんでかなり足首と足の付け根と膝と腰が痛くなったりとかなり楽しみました。
どうでもいいんですが、プレステのゲームで「パチパラ」ってパチンコの海物語のゲームがあって、その中に「パチンコ風雲録」ってモードがあるんですよ。その「パチンコ風雲録」っていうのは説明すると長くなるんで簡単に言うと「プチ龍が如く」みたいな感じ。で、その「パチンコ風雲録」の中で女の子とデートできるんですが、そのデート場所の選択肢の中にクラブってのがあるんですよ。
そのクラブに行くとみんな踊り方がおかしくて「こんなんねーだろ」なんて突っ込まずにいられないような代物なんだけど、あれってうまく表現されてるなって思いました。アンコールがかかってサービス精神旺盛に予定時間を過ぎてもプレイしてくれていたんですよ。そのとき照明は点けっぱなしになってて、階段の上から閑散としだしたフロアー見てたら、「この光景パチンコ風雲録のクラブにそっくりだな」なんて思いました。そんだけ。パチパラがどんなもんか知りたい人は永井先生のニコニコ見ればたくさんアップされてるから分かりやすいと思います。
ageHaは人を正直にさせる。なんて思うんですが、いかがでしょう?前後関係なさ過ぎて意味わかんないと思うんですが、そう思うんですよ。なんていうか中学生の修学旅行の夜みたいな。
「おれは将来漫画家になりたいんだ!」なんてことを恥ずかしげもなくあそこなら言えるんですよね。言ってないけど。
友人と疲れたから座って話していると、少し前までいたエクセルシオールでの会話とはまるで違う会話になる。「なにか面白いことはないだろうか」ではなく、「なにか面白いことしなきゃならんね」となる。非常に前向きになれるんですよ。
そう、今までと同じではいかんのです。今までと同じこと+アルファをしないとならんのです。+アルファをするためにはまず自分から動かないとならんのです。そんな当たり前のことを認識させてくれる。
なにがそうさせるのか……そう、やっぱりあの現実感の無さだろう。お台場という立地といい、あのプールといい、眺めといい。現実感がまるでない。現実感のまるでない世界に浸っていると、現実感まる出しの自分なんてどこかへ消えてしまう。「やらないか?」ってなってくるんです。
ただ、問題はこの気持ちをどれだけ維持していられるかなんですよね。あれからもうすぐ一ヶ月くらい経ちますが、あのかがり火はもう消えてしまった。面白いくらいにがんばらなくなってしまう。このまま敷かれたレールの上をちんたら走り続けるなんてごめんこうむる!なんていつも思ってはいるんですが、なにもしない。ダメ人間ここに極まっている。なんか面白いことないかな。結局そこに落ち着いてしまうんですよね。困ったちゃんです。またageHa行かなきゃこりゃ治らんわ。