まだ未定4 | 子猫使いのやすしの日々

まだ未定4

 そう簡単に眠れるものじゃない。絵里別れてから3ヶ月くらいはずっと聞き続けていた歌をヘッドホンで聴いている。この歌を聴くと嫌が応にも絵里のことを思い出してしまうから、自分の中で封印していたのに、またこうして聴いている。
 こういう別れた男女の歌を好んで聴く奴は全員マゾなんじゃないかと思う。楽しい気分にはなれない。悲しいことを思い出すだけ。それでも聴くのをやめられない。自分をまるで追い込むかのように歌を聴く。なにも生まれない。なんという非建設的な行為なのか。
 何度も携帯を持ち、絵里の番号の11桁を押す。そこまで。電話はかけない。この挙動も一対何度繰り返したのだろう。非通知でかける勇気もない。ただ押し慣れた番号を押すだけ。
 絵里は今どこでなにをしているのだろう。もう2年間も経った。2年の間に記憶は残酷にもどんどん塗り替えられる。絵里との記憶の上に、いらない出来事が どんどん上書きされていく。もう今では、この想像の顔が本当に正しいのかどうかも分からない。交わした会話なんてほとんど思い出せない。初めと終わりだ け。B級映画のような記憶しかない。それでも、たった一ヶ月の期間でしかなかったけど、今でもぼくの体の奥の方で燻り続けている。
 
 目が覚めてもまだ窓の外は雨が降っていた。慌てて携帯の液晶を確認すると時間は16時で、着信はない。すっと繰り返しで音楽を聴き続けていたから耳が痛 む。なんでこんな音楽聴いてるんだ、馬鹿らしい。一体なにを期待してるんだか。昨日電話があったのも佐藤がどうせ泣きついたからなんだし、この先、絵里と ぼくがまたどうにかなるなんてまずありえないことだ。
 一階に下りると家には誰もいなかった。母親は買い物にでも行っているのだろう。ひどく腹が減っている。そういえば昨日の夜からなにも食べていない。冷凍庫からピラフを出し、チンして食べることにした。
 家に誰もいないことをいいことに大音量で音楽をかける。もちろんあんな暗い陰気な歌じゃなくて、気分が高揚するような、アップテンポの音楽を。どこかへ出かけたくなったが、この雨では外に行く気もしない。暇だ。

 机の引き出しの中から、唯一絵里と二人で撮った写真を取り出した。なんてマヌケな顔をしてるんだろうか。そしてなんでこのマヌケな顔したぼくとこの人は 付き合ったのだろう。明らかに不釣り合いだ。街中でかわいい彼女を連れた不細工な男を見ると、こいつのなにがいいのだろう、と考えるが、人のことは言えな い。写真の中のこのマヌケな男の一体なにがよかったのだろうか。

 懲りずに携帯を眺める。何度見ても着信があった。まさか偶然絵里と同じ番号の人が偶然間違い電話をするなんてありえない。絵里はぼくになにかしらの用事 があって電話をしたのだろう。まあ佐藤のことだろうが。それでも着信履歴を見るだけで幸せな気分になれる。もうとうの昔に切れてしまったと思っていた糸 が、ほんのわずかではあるけれど、まだ繋がっていた。今夜21時まで待って電話がなかったら電話をしよう。