2001年6月附属池田小事件
被告人は、公判で「(1999年9月発生の)下関通り魔事件の模倣犯になりたかった」と供述。被告人の背景
刑事裁判の被告人となった甲の犯行動機は「今迄散々不愉快な思いをさせられ、何もかも嫌になった。自殺しても死に切れない。いっその事大量殺人をして死刑になりたい」と思ったことであった。
その背景にはアパートの家賃・闇金融・中古車の未払い金等の取り立て、彼が中学生の頃から25年来患っているうつ病等が関係しており、事件の1ヶ月前の2001年5月頃に実家の父親に「体調が悪くてメシが食えない」と電話したが、「役所と相談しろよ」などと冷たくあしらわれたと言う。
両親は共働きであり、主に祖父母に育てられた。兄が一人いたが事業に失敗して自殺している。
劣悪な家庭環境の影響から、父親からは厳しく接せられた(父親自身も放任されて育てられたようである)。
幼少の頃から三輪車で国道の中心を走って渋滞させたり動物を虐待するなどの奇行が目立っていた。
そのため、小中学生の頃から近所の人達からは「学習塾に通っていて頭が良くはきはきと挨拶をする子供」等肯定的な意見が多かったが、同級生からは「些細な事で直ぐカッとなっていた」等ネガティブな意見が多かった。
「将来は自衛隊入るぞ~」と大声を上げたり、一人で軍歌を大声で歌っていたこともあった。その事から少年時代のニックネームは「ごんた」(「ごんたくれ」の略。方言で悪ガキの意)だった。
学歴は兵庫県内の工業高校を2年で中退。中学校卒業後、パイロットになりたいと思い航空自衛隊に入隊し、小牧基地(一時期浜松基地配属)で航空機の整備の仕事をしていたが、整備の仕事しかやらされないことに嫌気がさしたためか問題行動を起こし、除隊処分を受けた。
その後は市営バスの運転手・ゴミ収集・タクシーの運転手・ダンプの運転手など職業を転々としていたが、最後の犯行時には無職であった。
私生活では結婚歴は4回の結婚・離婚を繰り返しており、その中には自分よりも40歳以上も年が離れた女性と養子縁組を結んでいたこともあった。
被告人が犯した犯罪はこの事件の他に高速道路の逆走、実兄の愛車(高級外車)を「サラリーマンが外車なんか乗るな」と角材で破壊したり、小学校教諭のお茶に精神安定剤を混ぜる等多岐にわたり、15回の逮捕歴を持つ。
「自殺しても死に切れない」とか言っているが、確かどっかの精神病院から一度飛び降り自殺しよーとして失敗したとU話しか聞かず、他にいくらでも方法があるだろーに一度や二度の失敗で諦めた人間のUセリフじゃなく
、そも本気で自殺する気などなかったのでは![]()
ろくに努力もせず好き勝手人生を送って借金まみれとなり、いよいよもーどーにもならなくなった末にもーどーにでもなれ
と破れかぶれで起こした犯行とUしかない・・![]()
被疑者の甲は逮捕当初精神障害者を装った言動を取っていたが、これは彼が過去に15回も様々な犯罪に手を染めたが、精神科通院歴を楯に不起訴処分(あるいは保護観察処分)という比較的軽い処分を経験したという経歴と無関係ではないと思われたため、この事件は精神障害者の責任能力の問題が注目される契機の1つとなった。
被疑者に対して起訴前と公判中に2度行われた70日間におよぶ情状鑑定の結果によれば、「身体・知的」だった。裁判所も公判でこの結果を肯定し責任能力を認めた。
精神障害者が健常者のふりをするとUことは非常に難Cだろーが(本人は健常者らしく振舞っているつもりでも、必ずどこかでボロが出るはず。それゆえの精神障害者であり、そもふつーに健常者然と振舞えるのなら、その者は元々健常者であろー)、その逆は容易だ。
精神障害者のふりをすれば死刑を免れられるとUヌルい刑法なら、免れたい者はいくらでもそれを演じ続け、税金を使って刑務所で天寿を全うするなり仮釈を待つことだろー。![]()
ゆえに厳罰主義の筆者は、健常者、精神障害者に拘わらず、その犯した罪によってのみ裁くべきと考える。![]()
まり、直ちに刑法の改変を![]()
殺された者にとっては、相手がそのどちらであっても全く変わりはないのだ。
死人に口なしとは言え、まだまだ被害者の気持ちを汲み取れぬ現状ではある・・