「正しい装飾音奏法」(フレデリック・ノイマン著 為本章子訳)より 続き

 

フランスにおけるトリルの奏法の自由度。必ずしも上方補助音で開始する必要は無い。アクセントは高い音の他に低い方にも置きうる。上方補助音による開始は、拍上の他に拍前でも可能。トリルの全体あるいは一部はしばしば先取できた。

 

1)補助音の先取、2)トリル(クープランのトランブルマン・デタシェ)の先取、3)主音符開始のトリルによって、逆モルデント(プラルトリラー)を用いることなくJ.S.バッハにおける禁則の並行進行を解決できる。

 

イタリアとドイツのトリルに関して、17世紀全体と18世紀初期しばらくは、まだ主音符開始が主導権を握っていた。フランス人たちは上方補助音による開始を好み、バッハの生存中にドイツ人たちが従来の主音符開始の好みから次第に上方補助音による開始へと移り変わっていった。但し、上方補助音を拍前または拍上で始めるか、主音符開始を取るかは、演奏家の音楽的判断が個々の状況に応じて行われるべきである。

 

J.S.バッハはイタリア様式にならった作品ではイタリア式の、フランス様式ではスランス式の装飾法を好んで用いた。

イタリア式の「恣意的な」装飾音は音符で買い現すのを旨とした。装飾音として認められた楽句は、その事実を念頭において演奏されるべきである。即ちその時の弾みで即興的に付けられたという印象を与えるような、自然に発生する感じを施すべきである。本来旋律固有音から殆どそれと気づかないくらい自然に流れ出て、次の旋律固有音に円滑に流れ込み、二つの音を軽やかに、優美に接続する。

 

単一音からなる前打音(Vorschlag)を、短い前打音(グレース・ノート)とするか、拍上にある長・短様々なアッポジャトゥーラとするか。アッポジャトゥーラであれば、その長さは最適であるかどうか。バッハにおいて、音楽上、下拍デアhジメル意味が無い実例は多く、グレース・ノートの処置が合法的であることは疑いの余地は無い。

 

アッポジャトゥーラは目立ちやすく、リズム上、小節ないで注目を引く位置を占め、旋律固有音の長さを変化させて固有音にとって代わり、それによって旋律の輪郭そのものを事実上、変えることになる。不協和を強調する和声的なアクセントを内蔵し、揚力ナ表現上の重点が置かれる。長さが無い場合も、鋭いリズムの強勢を帯びる。 バッハは前打音をその前に置き、アッポジャトゥーラを実音符で記譜している箇所がある。二重のアッポジャトゥーラとしてしまうと、禁則の平行進行を生じることがある。また拍上に生じる旋律的な不協和(この場合は実音符)に更にアッポジャトゥーラを加えても音楽的に無意味である。なので先行するアッポジャトゥーラはグレース・ノートとして処置が不可避である。

 

J.S.バッハのトリル。 1)アッポジャトゥーラ・トリル…強勢の置かれた補助音は、アピュイ(もたれかかる感じ)の形で延長してもよいし、しなくてもよい。 2)グレース・ノート・トリル…アクセントを持たない補助音を拍前で開始し、アクセントは主音符に置く。 3)主音符トリル…アピュイをつけて始めてもよいし、つけなくてもよい。 4)先取トリル…前の音の音価内からトリルを始めて実音に入る。

1)長いアッポジャトゥーラ…アピュイ付きのアッポジャトゥーラ・トリル 2)短いアッポジャトゥーラ…予備を持たないアッポジャトゥーラ・トリル 3)グレース・ノート…グレース・ノート・トリル 4)以上のどれでもない…主音符トリル、ときとして先取トリル

 

複合トリル(ターンまたは逆ターンで始まるトリル)、滑音も上記と同様に、旋律と和声の禁則に従って音楽的趣味よく判断する。

 

備忘録4へ続く