2014年9月18日
中日春秋
 明治維新の偉人、吉田松陰の伝記が初めて世に問われたのは松陰が没して二十一年後、一八八〇年のことだったという。日本で、ではない。英国の雑誌に発表されたのだ。著者は、『宝島』などで知られるスコットランドの文豪スティーブンソンである
▼文豪はエディンバラで、日本の若き官吏・正木退蔵と出会った。正木は松下村塾の出身。彼が語る松陰の歩みに感動し、筆を執る。<これらの気高い志の紳士たちと同時代を生きてきたということは、気分がワクワクするようなすばらしいことである>と
▼当時スコットランド人はイングランドで屈辱的な扱いを受けていた。だからこそ文豪は、国家百年の計を考え、自国の地位を高めるために身をなげうった姿に、感銘したのだろう。作家のよしだみどりさんは著書『知られざる「吉田松陰伝」』で、そう指摘している
▼そのスコットランドできょう、独立の是非を問う住民投票が行われる。これは、単なる民族問題ではない。経済的には新自由主義路線を、国際政治的には対米協調路線を歩んできた英国のありようを問う投票でもある
▼独立派は、北欧型の福祉重視社会を目指し、核兵器の廃絶も目指すと言う。反対派は、そのような独自路線を歩むのは現実的に無理があると言う
▼スコットランドの人々が国家百年の計をどう選ぶか。同時代人として、しかと見届けたい。
2014年9月17日
中日春秋
 流行歌、艶歌とは何か。作家の五木寛之さんは、「みずからをなぐさめる歌」だと書いている
▼外ではなく、内なる情緒の世界に向かう歌。「それを歌うことで内部の哀(かな)しみを吐き出そうと願う自己防衛の祈り」が共鳴し合うものが、現代の艶歌だと
▼この人がつくった歌も、この国の人々の心の琴線を共鳴させてきた。石原裕次郎さんが歌った「ブランデーグラス」、中条きよしさんの「うそ」…。山口洋子さん逝去の報に接し、昭和の数々の流行歌を思わず口ずさんだ方も多いだろう
▼山口さんは銀座で超一流クラブを営み、五木寛之さんも常連だった。才能を見込んだ若手歌手に、その五木さんにちなんだ芸名をつけ世に送り出した。「よこはま・たそがれ」「ふるさと」「千曲川」…。五木ひろしさんと数々のヒット曲は、そうして生まれた
▼長く夜の世界に生きて、「人間のギリギリの姿」を目に刻んだ。だが、意外なことに「朝が大好き」で作詞をするのも、朝。名曲「夜空」も朝日に照らされつつ書いたという。山口さんの歌に、切なさとぬくもりが同居しているのは、夜明け前の寒さと朝日のぬくもりのせいかもしれぬ
▼「私は流行歌手の勲章は、聴衆の拍手だけだと思う」とは、五木寛之さんの言。直木賞や日本作詩大賞など数多くの勲章に輝いた山口さんだが、その人生の終幕に似合うのは聴衆の喝采だろう。
2014年9月15日
中日春秋
 「親子」という英単語は存在しない。もちろん表現できないことはないが、親のペアレントと子のチャイルドという二つの言葉を組み合わせなければならない。家族は「ファミリー」。だが、「親子」にはそのまま、ひと言で表せる英単語がない
▼通りかかったギャラリーで「親子」の写真だけを飾った展覧会をやっていた。米国の写真家ブルース・オズボーンさんという方の作品という。これまでに五千組もの「親子写真」を撮り続けていらっしゃるそうだ
▼若い夫婦と赤ん坊。老いた母と、それなりに老いた娘。ひとり親とその息子。いろいろな親子の形がある。写真のどこかに流れている親子の日常を思い、自然と頬が緩む。親一人子一人の親子写真を見れば、声をかけたくなる
▼きょうは敬老の日である。考えてみれば「親子」と同じで、「敬老」という日本語にも、ひと言で置き換えられる英語がなさそうだ
▼年老いた親をいたわる。赤の他人でも困っているお年寄りを見掛ければ、手を貸してあげたい。この国には、そういう特別な関係や感情を重んじるため、特別な言葉が用意されていると考えるべきなのだろう
▼昼間の空(す)いた電車。「オレは空いていてもシルバーシートには座らないんだ」。高校生が友人に宣言していた。優先席に座ろうと誘われたのだろう。いいやつだな君は。君の親子写真が見たくなった。