2014年9月21日
中日春秋
 何かが人の顔に見える。ネコの毛の柄や、空の雲。人面魚というのも昔あった。怪談の時季はとうに過ぎたが、そんな話を時々耳にする
▼落語「崇徳院(すとくいん)」で、若旦那はたまたま出会ったお嬢さんに一目ぼれする。もう一度会いたいが、名も所も分からない。恋煩いに寝込む。「鉄瓶がお嬢さんに見える。床の間の掛け軸の達磨(だるま)さんが、お嬢さんに見える…」。何を見てもお嬢さんの顔が見えてくる
▼一風変わった研究に贈られるイグ・ノーベル賞。今年の研究では日本人研究者の「バナナの皮を踏むとなぜ滑る」も面白いが、「トーストに出現するキリストの顔」も興味深い
▼食パンをトースターで焼いた時の焦げ目にキリストの顔が見えるという現象は日本ではあまり聞かないが、欧米ではよく話題になる。トーストに限らぬ。牡蠣(かき)の貝殻、アイロンの焼け焦げ。いろいろなところでキリストの顔を見つけてはちょっとした騒ぎになる
▼研究によると、この現象はもちろん、奇蹟(きせき)ではない。人間の脳には顔を認識する部分があって、例えば二つの黒い点など、わずかでも顔に見える要素があると無意識に顔と認識してしまうそうだ。正常な脳の活動で、これがトーストの顔の正体という
▼その顔がなぜキリストか。説明はないが、若旦那と同じで愛(いと)しく、会いたいお方の顔であろう。政治家の顔が見えたという報告はあまり聞かぬ。
2014年9月20日
中日春秋
 スコットランドは、独立の道を歩むべきか否か。表決の最後の瞬間まで、行方は見えなかった。ぎりぎりの攻防と思われたが、開票の結果、ほぼ六対四の比で独立維持派は敗北した。一七〇七年の出来事だ
▼表決の舞台は、スコットランド王国の議会。併合を目指すイングランド王国は、市場からの締め出しなどで経済的圧力をかけ、反対派の議員を買収した。かくして両王国の連合は決まった
▼何の関与もできないまま国の運命を決められた民衆の多くは屈辱的な連合に反対し、抗議行動が起きた。スコットランドの時の宰相は、こう言ったそうだ。「旧(ふる)き歌にも終わりはあるのだ!」(トランター著『スコットランド物語』)
▼三百年余の時を経て、スコットランドは再び独立を問うた。時は変わり、市民が主役となっての選択だ。一国の独立が一発の銃弾が放たれることもなく、票で決まるというのも、歴史的には画期的なことだ。成熟した民主主義の懐の深さを示したともいえるだろう
▼結果は独立派の敗北に終わった。しかし投票率は八割を超えた。十六歳にも投票権が認められ、若い世代が政治のありようを根本的に考える機会を持てたことは、かの国にとり、計り知れぬほど大きな財産に違いない
▼旧き歌すなわち古(いにしえ)に失った独立の復活はならなかったが、スコットランドは、「新しき歌」を得たのではなかろうか。
2014年9月19日
中日春秋
 <秋の空露をためたる青さかな>は、正岡子規の句。秋の空には、喜びと悲しみを一緒に溶かし込んでしまったような色合いがある
▼<柿食えば遥(はる)か遠くの子規思う>は、昨年出版された『ランドセル俳人の五・七・五』がベストセラーになった小林凜(りん)君の句だ。きょうは糸瓜(へちま)忌。子規の命日に、凜君の新しい句集が出る。『冬の薔薇(ばら)立ち向かうこと恐れずに』(ブックマン社)である
▼小学校に入った時からいじめに苛(さいな)まれ続けた凜君を支えてきたのは、俳句だ。そうして詠み続けた句を編んだ『ランドセル俳人の…』は多くの人の心に響いたが、学校でのいじめは続いた。<いじめられどんぐりぽとり落ちにけり>
▼それでも、うれしい出会いがあった。三重県松阪市の小野江小学校の六年生は凜君の俳句を読み、昨年の秋に教室に招いた。一緒に給食を食べていたら、凜君の目から涙が止まらなくなった
▼みんな楽しく笑顔で食べる。そういう当たり前の時間が凜君には奇跡のようなひとときとなり、小野江小の子どもたちには「当たり前の生活のかけがえのなさ」を教えてくれる出来事となった。凜君は<コスモスに囲まれし我涙かな>と詠んだ
▼十三歳、中学生になった凜君はぐんぐん背が伸び、元気に学校に通っているそうだ。<とんぼうの体の青は空の青>。その目に映る秋の空が喜びの青に染まっていれば、と思う。