2014年9月30日
中日春秋
 御嶽山は古来、人々の畏敬と信仰の的となってきたが、いまこの山の頂に向かって、必死に祈り続ける人々がいる
▼山頂近くで噴火に巻き込まれた三十代の女性は携帯電話で、「お母さん、もう死にそう」と言ったという。お母さんは、どんな思いで電話を握りしめただろうか。山の麓には、連絡がとれなくなったままの家族や友人を待つ人々がいる。「奇跡が起きればいいけど、心肺停止者として特定されたら、それはそれで…」。そんな言葉を伝える新聞が重い
▼きのうの午後、ヘリで御嶽山を見た。濃尾平野を巨大な竜のように蛇行する木曽川をさかのぼるように上空を飛ぶと、八十キロ離れた所からも積乱雲のように猛々(たけだけ)しく立ち上る噴煙が見えた
▼深田久弥が名著『日本百名山』で<厖大(ぼうだい)な頂上を支えるのに十分な根張りをもって、御嶽全体を均衡のとれた美しい山にしている>と書いたこの山独特の見事な斜線は秋空の下、紅葉に彩られ、悲しくなるほどに美しい
▼しかし、その斜面も南側はコンクリートを吹き付けたようになり、エメラルドグリーンの火山湖も一部は灰色に濁っている。有毒ガスのために捜索も一時中断されて、いくら目を凝らしても、動く人影は見当たらない。胸がつぶれる光景だ
▼御嶽山からの噴煙が流れるその遠い先に、富士の頂が見えた。残酷なまでに神々しい火の山々の姿に言葉を失った。
2014年9月29日
中日春秋
 <山の動く日来(きた)る。/かく云(い)へども人われを信ぜじ><すべて眠りし女(をなご)今ぞ目覚めて動くなる>
▼昨日に続いて、山の話を書かざるを得ない。「魔の山」となった、御嶽山ではなく、別の山。途方もない夢や願いをなかなか動かぬ「山」と見て、それに挑み続けた女性のことである。女性初の衆院議長を務め社会党の委員長だった土井たか子さんが亡くなった
▼冒頭の詩は与謝野晶子の「そぞろごと」の一部である。一九一一(明治四十四)年、日本初の女性文芸誌「青鞜」の創刊号巻頭に掲載された
▼百三年前である。当時、女性の地位は低く、選挙権はもちろん、集会の自由さえ認められていない。詩が訴えたのは、押し黙る女性たちの目覚めだった。<その昔に於(おい)て/山は皆火に燃えて動きしものを>
▼八九年の参院選で社会党大勝を導き、自民党の過半数割れを実現した。その時「山が動いた」は晶子の詩が念頭にある。あの参院選では、土井ブームで大勢の女性が当選した。動かしたのは自民党という巨大な山と、女性の地位向上というもう一つの山だった
▼土井さんは、茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」を愛していた。茨木さんと同じ世代の土井さんも戦争で「きれいだったとき」を奪われた。平和という山だけは動かしてはならぬ。「平和憲法と結婚した」と言ってのけた人の願いであろう。
2014年9月28日
中日春秋
 日本における山岳信仰の背景は、火山による噴火や鳴動に対する恐怖心である。関東大震災を予見したといわれる地震学者の今村明恒(あきつね)(一八七〇~一九四八年)が、「火山の話」の中で、書いている
▼いにしえの民は、噴火口に神が住んでいると考え、霊場と心得ていた。噴火活動は火山の持ち主である神の怒りであり、神は霊場を穢(けが)されるのを嫌って「時々爆発を起こし、鳴動によって神怒のほどを知らしめた」
▼あまりに突然で、容赦のない「神怒」であった。長野県と岐阜県にまたがる御岳山が噴火した。巨大な白煙があっという間にのしかかる。運悪く、山頂付近で噴火に遭遇した登山者の恐怖は想像さえできない。美しい山が突然、顔色を変え、秋の山を楽しんでいたにすぎぬ人に襲いかかる
▼御岳山は常時観測されている火山の一つである。自然の力を前に人間があまりに無力であることを、あらためて思い知らされるのは御岳山の噴火警戒レベルが直前まで「平常」の1だったことである
▼レベル1での火山活動は「静穏」となっている。人間の能力では、神が顔色を変え、噴火に至ることに気づけなかったのか
▼「敵情偵察」。今村博士は火山や地震の災いを免れるための第一にこれを挙げている。敵情が分かれば「かの暴力を打ち砕く」こともできる。なぜ神の怒りを察知できなかったか。研究を続けなければ。