2014年9月27日
中日春秋
 国が子どもたちへの金融教育に力を入れ始めたころ、時の日銀総裁が講演で、こんなことを話した。「自分の持っている大切なものを手放してお金に換えても、そのお金は価値をきちんと保全し、次に必要なものを手に入れる時に役立ってくれる」
▼先日、八十六歳で逝去した経済学者・宇沢弘文さんはその言葉に怒りを感じたそうだ。「大切なものは決してお金に換えてはいけない。人生で一番大きな悲劇は、大切なものを国家権力に奪い取られたり、あるいは追い詰められてお金に換えなければならなくなった時です」
▼宇沢さんは十七歳で終戦を迎えた。貧困と失業、経済混乱に苦しむ人々の姿を見て経済学の道を歩み始めた。もともとは医師志望。「経済学は社会を癒やす学問」と考えてのことだ
▼数理経済学でノーベル経済学賞候補に挙げられるほどの成果を挙げた頭脳は、社会・経済の病理に苦しむ人に向けられた。その深い洞察力が認められ、ローマ法王の助言役を務めたこともある
▼生活の糧の海を大企業の利益のため汚され、健康と命を「換金」させられた水俣の人々や、国策による開発で先祖伝来の地を「換金」させられた人々…。そういう人たちの心が救われるまで「日本経済の貧困は解決できない」と言っていたそうだ
▼経済とは、経世済民。世をおさめ、民をすくう。言葉の本来の意味の経済学者だった。
2014年9月26日
中日春秋
 台風による暴風のため函館湾で青函連絡船の洞爺丸や十勝丸など五隻が次々転覆・沈没し、千四百三十人もの命が嵐の海にのみ込まれた。六十年前のきょう、九月二十六日のことである
▼十勝丸に乗り組んでいた父を失ったある息子さんは、その命日をあえて二十七日にして供養してきたという。十勝丸の転覆は、二十六日の深夜。少しでも、一日でも父に長く生きていてほしかった…。そんな思いからだそうだ
▼「魔の九月二十六日」という言葉がある。伊勢湾台風が襲来したのも、五十五年前のきょう。名古屋市など海沿いの住宅密集地を高潮が襲い、五千人を超える死者・行方不明者を出した。そのちょうど一年前には、狩野(かの)川台風によって、静岡などを中心に千二百人を超す命が奪われた
▼洞爺丸台風の反省から中央気象台が気象庁に格上げされ、台風の進路予報などの充実が図られた。伊勢湾台風の衝撃は、総合的で計画的な防災行政の必要性を痛感させて、災害対策基本法の制定につながった
▼伊勢湾台風を詠んだこんな短歌がある。<蝋燭(ろうそく)の火に顔よせてものを言ふこの夜絶えたる生命いくばく><水に没して死にゆくいのちかなしめば朝のひかりよ何処より射す>山碕多比良
▼きょうという日には、台風をめぐるあまりにも多くの悲しい記憶と、語り継ぎ、生かし続けなくてはならぬ教訓が詰まっているのだろう。
2014年9月25日
中日春秋
 マタフェレちゃんは生後七カ月の女の子。バナナと抱っこ、そして朝の散歩が大好きだ。マタフェレちゃんが暮らすのは、太平洋の小さな国・マーシャル諸島共和国
▼サンゴ礁に囲まれた海はあくまでも静かで、澄み切って、お日さまの下でのんびりしている。そんな海辺に散歩に行くのが大好きなマタフェレちゃんに捧(ささ)げる詩を、お母さんのキャシーさん(26)が書き上げて、国連の気候変動サミットという大舞台で朗読した
▼<この海がいつの日か、あなたをむさぼり食べてしまう。そう言う人々もいるのです…この海があなたの国の骨をバリバリとかみ砕く。あなたやあなたの娘、孫娘は根無し草となってさまようことになる。母国と呼べるものは、パスポートだけになってしまうのだと>
▼残酷な寓話(ぐうわ)のようだが、残念ながらそう大げさではない。マーシャルは標高の平均がわずか二メートル。気候変動で加速する海面の上昇が国土をかじり始めているのだ
▼今回のサミットを前に、マーシャルの外相は「科学的知見によれば、小さな島国こそが気候変動で最大の代償を払わねばならない。それは国家の喪失である」と訴えた
▼世界各国の首脳らを前に詩を読み終えたキャシーさんは、愛(まな)娘とともに壇上で喝采を浴びた。その詩は<あなたをがっかりさせることはないから、ぐっすりとおやすみなさい。見ていてね>と結ばれていた。