2014年10月3日
中日春秋
 <かさ かさ/せかいで いちばん/のんきな はな/すぼんだり ひらいたり/あるいたり はしったり…>。まど・みちおさんの詩「かさの うた」だ
▼香港では今、たくさんの傘の花が咲いているという。ただ、こちらは世界で一番緊張感を漂わせている花かもしれない。歩いたり走ったりもせず、じっと座り込んでいる
▼傘の花を咲かせているのは学生たちだ。中国政府は香港行政長官を普通選挙で選ぶと決めた。だが誰もが立候補できる訳ではない。政府の意に沿わぬ民主派は出馬できないのだ
▼それは真の普通選挙ではないと、抗議が広がった。当局は催涙弾の雨を降らせ、封じようとした。学生らが身を守るため広げた傘の花が象徴となり、「雨傘革命」と呼ばれ始めた
▼今から九十年ほど前に日本で普通選挙法が論じられている時、反骨の弁護士・布施辰治が吐いた言葉が、今の香港の若者らの思いを代弁している。「投げて与えらるる普選は同じ普選でも、生きた普選ではなくて、死んだ普選。(当局から)投げ与えらるる中途半端な普選を迎えて、のぼせあがるようなことでは、民衆の自主的精神が亡(ほろ)びてしまう」
▼当時の日本政府は、普選法に併せて、社会運動を弾圧するための治安維持法を制定した。中国政府も香港で自由を規制する法令を作ろうとしているそうだ。傘の花は、自由の実を結ぶだろうか。
2014年10月2日
中日春秋
 「コーランのなかで、神が、最初にムハンマドに言ったことは、『読みなさい』ということでした」。絵本『バスラの図書館員』(晶文社)は、この本の主人公アリアさんの、そんな言葉で始まる
▼十一年前の春にイラク戦争が始まった時、彼女も闘いに立ち上がる。守ろうとしたのは、本。南部の港湾都市バスラの図書館員だった彼女は、三万冊もの本を避難させた
▼図書館の隣のレストランに運ぶのを手伝ったのは役人や兵士ではなくて、近所の商店主ら。中には読み書きができない人もいたが、「本は町の歴史そのもの」との思いに共感したからだという
▼図書館は焼け落ちたが、多くの本は難を逃れた。アリアさんは膨大な本を自宅に運び直して守り抜いた。「戦争というけだものは、きっとまた、町にもどってくる」。そうおびえつつ、平和で自由な時代が来ると信じていたのだ
▼イラク北部モスルでは、過激派組織「イスラム国」による文化遺産の破壊に抗議の声を上げた女性がいた。人権派弁護士のサミーラ・ヌアイミさんだ。だが彼女は過激派に拉致されて拷問され、背教者として公開処刑された。先週月曜日のことだという
▼国連によると、イラクではこの四カ月間で戦闘やテロのため、確認されただけで四千八百三十六人の市民が殺されたという。戦争というけだものは、新たなけだものを産み続けているのだ。
2014年10月1日
中日春秋
 ♪ビュワーン ビュワーン はしる あおい ひかりの ちょうとっきゅう じそく 二百五十キロ すべるようだな はしる ビュワーン ビュワーン ビュワーン はしる…
▼一九六七年にうまれた童謡「はしれ ちょうとっきゅう」だ。久しぶりに口ずさんで感嘆したのは、その語感の素晴らしさ。弾丸や疾風なら、よく使う表現は、ビューッ。そうではなくて、ビュワーン。新幹線のスピード感を鮮やかに写し取っている
▼作詞した作家の山中恒(ひさし)さん(83)は、新幹線の開発に技師として携わった義弟から、あの独特の警笛音に使われる周波数を聞き、NHKに再現してもらった。そのテープを何度も何度も聴いた
▼その警笛を鳴らしながらあっという間に通り過ぎる新幹線をイメージし、浮かんだ言葉が、ビュワーン。余計な言葉を入れないように一気に書き上げた歌は、それこそ一気に駆け上がるような、あの時代の上昇気分をも表すようだ
▼「いろいろ騒音問題も起きて、ちょっと格好よく作りすぎたかな、と胸が痛んだこともあった」と山中さんは苦笑する。「でも、大きな事故がないというのは、すごいことですよね」
▼そんな東海道新幹線も、きょうで五十歳。これまでにのべ五十六億人を運んで、乗客の命を奪う脱線や衝突事故はゼロ。「夢の超特急」にふさわしく、安全に、ビュワーンと走り続けての半世紀だ。