中日春秋
2014年7月24日
 100メートル9秒58の世界記録を持つ陸上競技界の星、ボルト選手の好物は、チキンナゲットだそうだ。三つの金メダルを手にした北京五輪の時には中華料理が口に合わなかったこともあり、朝に四十個、昼に二十個、夕食にまた四十個…。期間中に千個近くも食べたという
▼聞くだけで胸焼けしそうだが、さすがの天才ランナーも、この出来事には胸悪さを覚えるはずだ。上海にある米国系の食肉加工会社が品質期限切れの鶏肉でナゲットを製造し、日本にも輸入されていた
▼潜入取材をしたという地元のテレビ局は、床に落ちた肉を洗いもせず、何のためらいもなさげに生産ラインに戻す作業員の姿を映し出していた。ナゲットをおいしそうに頬張る子どもたちの顔など、彼らの眼中にはないのだろう
▼ナゲットは一九八〇年代の発売以来、売れに売れた。その需要に応えるため、米国の養鶏業界は様変わりし、「ミスター・マクドナルド」と呼ばれる新品種の鶏までつくり出されたという
▼米国人記者がファストフード業界の実態を綿密に調べた『おいしいハンバーガーのこわい話』によると、この品種は異様なほど大きな胸を持ち、短期間で育つ。急速に体重が増えるために、まともに歩けず、心臓病で死ぬ鶏が目立つそうだ
▼とにかく、早く安く大量に…。極端に工業化した食品業界の姿を、鶏が告発しているようでもある。
中日春秋
2014年7月23日
 東海地方に続いて二十二日、関東甲信地方の梅雨明けが発表された。いよいよ本格的な暑さに悩まされることになる
▼<念力のゆるめば死ぬる大暑かな>村上鬼城。二十四節気の大暑。今年はきょうである。「念力」はともかく、暑さによる熱中症などを防ぐためには早め、小まめな水分補給と適度な室温を保つこと
▼高齢者は室温の高さやのどの渇きも感じにくくなる。大丈夫だとうかつに考えず、水分補給はのどの渇きを感じずとも早めに、さほどの暑さを感じずとも室温には気を使っていただきたい。もったいないのは飲料水や電気代ではなく、体調を崩してしまうことだと念を押しておく
▼なぜ、毎年こういう悲しい事故が起きるのか。那覇市のパチンコ店の駐車場に止めてあった車の中で生後五カ月の男児が熱中症で亡くなった。母親(40)は店内でパチンコをしていた。二十二日、母親は重過失致死の疑いで逮捕された
▼午前十時から約六時間半。当日の最高気温は二九・八度だった。おそらく蒸し蒸ししていた車内で、独りぼっちにされた赤ちゃんは苦しいと泣いたに決まっている。生きたいと声を上げたに決まっているではないか
▼夏ほど、子どもの元気さ、明るさが似つかわしい季節はないだろう。真っ黒に日焼けした顔、夏休み、花火、水遊び。けれど暑さの中で息絶えたその子に夏はやって来ない。悔しい。
中日春秋
2014年7月22日
 さて、これは何についての説明でしょう? <湧(わ)くようにして生まれて来、地上をはい(飛び)回ったり、池・川や海中・地中にすんでいたりする、小さい動物>。味わい深い語句説明で定評ある『新明解国語辞典』による「虫」の定義だ
▼この語釈の妙味は<湧くようにして生まれて来>だろう。虫というものは、まさに湧くように現れる。アブラムシ、別名アリマキなどは代表選手ではないか
▼つぼみに取り付いた無数のアブラムシを退治しつつ、不思議に思っていた。一体この虫はどこから湧くのか。びっしり群れているその体には羽もないのに
▼『アリマキ観察事典』で疑問が解けた。あれはちゃんと羽を持った成虫がいて、豊かな新天地に落ち着くと、そこで羽のない「定住型の子ども」を産むらしい。生まれるのはメスだけ。交尾も不要で一日に十匹も胎生で産み、その子が数日で成熟し、母となる
▼恐ろしく効率的な増殖なので一匹のメスがいれば、数カ月後に数億匹になる計算だというから、ネズミ算ならぬアブラムシ算はすさまじい。しかも群れが増えすぎて食糧難になると、今度は羽のある「移住型の子」を育て、新天地探しに送り出すというから脱帽だ
▼「むし」の語源は、「蒸し」ともいわれる。なるほど虫は蒸し暑さをエネルギーに爆発的に増えるかのよう。ご先祖さまの語感の鋭さもまた、脱帽ものだ。