2014年8月12日
中日春秋
 「無舌居士」とは江戸落語中興の祖、三遊亭円朝の戒名である。一九〇〇(明治三十三)年に六十一歳で没している。十一日は円朝忌だった。東京・谷中の全生庵(ぜんしょうあん)では恒例の「円朝まつり」が三十一日まで開かれ、円朝が怪談創作の参考にした幽霊画の数々が一般公開されている
▼「無舌」。話芸には欠かせない舌をいらない、使わないとはなかなか理解しにくいが、幕臣で円朝には禅の師匠でもある山岡鉄舟の教えに由来するのだという。舌で話すな。心で話せ。円朝は教えに従って「無舌」と号した
▼円朝が目指した「無舌」の境地を推し量ることはかなわぬが、心で話せとは、その人物の心になれ、ということであろう。こんな逸話が残っている
▼弟子が「品川心中」を演じた時のこと。心中の相談をする、「おそめ」と「貸本屋の金蔵」の演じ方を円朝が叱った。「死のうという男女が大声でスラスラ話の出来(でき)るものか、出来ないものか、考えたって分かりそうなものじゃないか。心なしで話すから少しも情というものが移らないのです」(永井啓夫『三遊亭円朝』)
▼芸はともかく、世の中は無舌どころか、大声の時代かもしれぬ。「心なし」に大声を上げれば、ある程度の無理も通ると考える風潮がないか
▼昔から全生庵で座禅をする政治家もいらっしゃると聞くが、「無舌」の境地に至った方のことはあまり聞かぬ。
2014年8月10日
中日春秋
 米国の大手通信社AP通信が「ロボット記者」を導入するという。コンピューターが入力データを解析し記事を書く
▼導入当初は、比較的単純な企業の決算原稿などに使われるそうだが、やがては小欄のようなコラムまで機械が書く時代が来るか。博覧強記の上に文句も愚痴もこぼさぬ機械記者に人間のコラムニストは太刀打ちできるか
▼たぶん、首相官邸は「ロボット記者」に改造を加え、「ロボットスピーチライター」をいち早く導入している。そう考えれば合点がいく。広島原爆の日の平和記念式典で安倍首相が行ったスピーチの冒頭部分が、昨年の原稿とほぼ同じ内容だったという
▼日本人ならば、人間ならば、犠牲者の無念さや痛みに対し、背筋がぴんとする日であろう。毎年同じ思いといえども、まともな人間はその原稿だけは手を抜かぬ。抜けないものだ。ほぼ同じ内容を使い回しした、スピーチライターは血も涙もない、心のないロボットに相違ない
▼それが証拠に批判も気にしていない。九日の長崎市での平和祈念式典でのスピーチも、およそ半分が昨年のものと酷似している
▼首相はさぞや、お忙しいのだろうが、それでも原爆の平和式典と終戦記念日のスピーチぐらいは自分で用意した方がよかろう。自分で悩み苦しめば、原稿にも自然と心や魂が宿るはずである。だいたいそのロボットは性能が悪すぎる。
2014年8月9日
中日春秋
 チェロの巨匠カザルスは、第一次大戦の惨禍を目の当たりにし、考えたという。たった一人の子供の命の方が音楽全部より価値がある…。圧倒的な暴力を前にして、芸術の無力さに苦悶(くもん)したのだ(『鳥の歌』ちくま文庫)
▼「人間が極限状態に置かれた時、音楽は何の役に立つのか?」。演奏家として活躍した経験がある作家ひのまどかさんはそんな疑問を胸に、第二次大戦中にソ連のレニングラード(現サンクトペテルブルク)で開かれた演奏会の姿に迫った。『戦火のシンフォニー』(新潮社)はそういう本だ
▼当時その街はナチス・ドイツに包囲されていた。絶え間ない砲撃と飢餓、街角に放置される遺体。それでも人々は、劇場に詰め掛けた。太鼓の音にすらぬくもりを感じたのだ
▼その象徴ともいえるのが、作曲家ショスタコービッチが愛するレニングラードに捧げた「交響曲第七番」の演奏会だった。音楽の響きに演奏家も聴衆も自分たち自身の鼓動を見いだし、涙したという。七十二年前の八月九日のことである
▼カザルスもこう考えるに至ったという。「それでも、私が世界の狂気のただなかで精神の安定を保つことができたのは音楽のおかげだ」
▼「戦争中ずっと音楽は私に、人間はこんなにもおおくの罪を犯し、こんなにもおおくの苦しみを味わわせもするが、美を作ることもできるのだ、と確信させてくれた」