2014年9月2日
中日春秋
 ヒトスジシマカ。漢字で書けば一条縞蚊。文字通り、しま模様のあるおなじみのやぶ蚊だ。驚くべきことに、あの蚊は羽だけでなく、タイヤを使って移動するという
▼一九八〇年代に米国のある地域で、いるはずのないヒトスジシマカの生息が確認された。調査で、日本から輸入された大量の古タイヤのたまり水が、原因らしいと分かった。この蚊は米国から古タイヤを輸入する欧州でも見つかった。日本のヒトスジシマカは、タイヤに乗り世界に飛び出したのだ
▼日本車並みの進出ぶりだが、この蚊は危険なウイルスを運ぶこともある。国内での感染が六十九年ぶりに確認されたデング熱は感染した人があっという間に増え、二十人を超えた。いずれも東京の代々木公園で刺され、感染したらしい
▼心配なのはこの蚊の生息域が国内でも確実に広がっていることだ。六十年ほど前には生息する北限は北関東だったのが、近年は東北北部にまで広がった
▼この蚊は、年平均気温がおよそ一一度で生きていける。今その生息域は国土の四割ほどらしいが、温暖化がひどく進めば、八割前後まで増えるとの予測もある
▼世界でのデング熱の感染者はこの三十年で十倍近くも増え、世界保健機関(WHO)などは温暖化による感染症の危険拡大に警鐘を鳴らしている。蚊の羽音だけでなく、この警鐘にも耳をそばだてる必要がありそうだ。
2014年9月1日
中日春秋
 大震災や巨大台風に襲われ、身の危険が迫る中、何を持って逃げるか。避難先と合わせて考えておいた方がいい。きょうは防災の日
▼一九二三年九月一日の関東大震災。芥川龍之介が持ち出したのは師夏目漱石の書だった。「妻は児等(こら)の衣をバスケツトに収め、僕は漱石先生の書一軸を風呂敷に包む」。家財道具を荷造りしても、「運び難からん」と考えた末の選択だが、非常時に腹の足しにもならない書を選んだ
▼古今亭志ん生の場合は酒。自宅から運び出したわけではなく、地震直後に褌(ふんどし)一本で逃げ出し、その足で酒屋に駆け込んだ。「東京じゅうの酒がなくなるんじゃないかと心配になって」
▼七四年九月一日、前日からの大雨で東京都狛江市の多摩川の堤防が決壊し、家屋が流された。ドラマになった山田太一さんの『岸辺のアルバム』(本紙連載)を覚えている人もいるか。濁流に大切な家がのみ込まれていく
▼この家族の心はバラバラになっていた。それでも流失寸前の家から運びだそうとしたのは家族写真のアルバム。人はいざという時にしか大切なものを思い出せないものかもしれない
▼さて、何を持って逃げるか。一刻の猶予もない場合、持ち出し守るべきは自分と家族の「いのち」の他あるまい。何も持たずに逃げても何とかなる。誰かに助けてもらえる。実際そうであろうし、そういう国であらねばならない。
2014年8月31日
中日春秋
 「大和ことばに讃(さん)打つな」。やや分かりにくいが、「奈良の方言にけちをつけるな」という意味という。「讃」は前向きな評価として使われるケースがほとんどだが、この場合は批評、論評のこと。辞書にもそういう意味の「讃」がある
▼その奈良の方言の「おとろしい」。「おそろしい」からきているのだろうが、奈良での意味は、「やっかい」「面倒くさい」で「おとろしい仕事」とはわずらわしい仕事ということになるそうだ
▼奈良出身の国会議員の話とはいえ、その発言に対し「讃打つな」というわけにはいかぬ。自民党の高市早苗政調会長が国会周辺での大音量デモの規制強化を検討したい考えを示したという
▼人種や民族の差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の対策を検討する会合での発言だそうでヘイトスピーチと、民主主義を守る「道具」の平和的デモを同じ「悪口」と見なしているのか
▼国会周辺のデモの音によって「仕事にならない」とおっしゃるがそれは考え違いだろう。デモの声を聞き、なぜデモが発生しているのかを考えるのも、議員としての仕事、務めであるはずだ
▼デモの音を政府を批判する「騒音」としか感じないのでこういう発言になる。デモでの国民の声を「やかましい」と考え、規制を強めるのなら、こんな「おとろしい」ことはない。もちろん本来の意味の「おとろしい」である。