さてぼくは、漫画家になると志す結構以前から、何なら発祥は保育園時代からと言ってもいい位、宛書の手段に頼っている。考えてみれば、幼少から無礼がましく痛々しい事やってたと反省の念にたった今駆られ始めた。
その甲斐あって、何て言い方が烏滸がまし過ぎる…。職業病故か芸能人をターゲットにも定めてしまうとのあられもなき為体。だったらストーリーやシナリオ手掛けろの件。脳内では、劇場版全8作分が大絶賛同時進行中…
ではいいですか? 第一線級の芸能人(然も平成生まれ)をモデルにキャラを生む方法は…、レクチャー染みたことはいいんだ、強制はしたくないよ。只これだけと、自信持って答えられるのは、おれ自身の完成に従い抗う事。
結局は個人の嗜好に辿り着いてしまうも、これで通すんだ・貫きたいと芯がブレない事。本質が首尾一貫してる事。莫迦にする奴は現時点不在。未だ世に出していないから…、脳内で渦巻いているから、先ずは書き出そう。
鉛筆を握れずノートだに開けん、プロは気付くと自然にメモ取ってるから。頭が情報を吸い取るだけで精一杯。
己、何もかもに疲れ易くなりすぎた。狭いのか広いのか判らないこの空間で、ぼくは何を迷っているのだろうか?
吐き出せば少なからずや楽になれる。取り敢えず書いたら記憶と記録の両方残せる。何れにせよ得じゃんか。
兎に角、個人の思想には細かい検閲なんて危機要素皆無だし、これだけでも安心出来るし尚且つ心強い要素。