何処ぞの漫画家が仰った。漫画のキャラは己が分身と。そして、心の痛みを歌や音楽なら曝け出せると、家入レオはシンガーソングライターを目指し、高校在学中に成就した。
ぼくは、漫画家志望を誓って早23年。当時は小4、学校や習い事の先生をモデルに登場人物を生み出す…、そう言った技を当て書きと呼ぶのだが、ぼくは、その当て書きに長い事頼り続ける…
まあ、賛否両論は日常茶飯事的も、ぼくの世界に誘われてくれる同級生の存在に心救われ活力とも。
ぼくは其の技で、情報限られつつも独自の路線を築いて来た。学生時代は、デジタル文化も情報も今に比べて乏しかった。携帯やパソコン自体もまずまずの普及率。今後はウィキの情報も増大必至…
漫画家を始め、ストーリーを創る者達は、場合によっては資料が必須。ぼくも然り。
お笑い芸人も含め、歌作りも作家も、ネタ帳が共通要素。思いつかば即メモ(助手ワトソンの如し)。
此れ等は分身を生むべく必要な欠片(ピース)。人は様々な手法で書き記す。携帯や直筆等…。
ぼくも一時期、携帯のメール機能で文章の一説を出来上がり次第、自宅PC転送。何度も繰り返した。
其れは文章だから出来る事。3DSのメモ帳にだって書き残せる。後で別の紙に書き写せば大丈夫。
然し絵となれば、勝手はガラリと変わる。今迄紙の上に画材を走らせて来た。急には変え辛い。
四半世紀近く所か、其の手法は幼少時代に迄遡る、何とも原始的な手法。ブルーライトの危険性0。
ぼくは、道行く中でも、自宅内でもイマジネイションが湧き出す。ぼくだけの特別な職業病(笑)。
心だけは何時でも裸になれる。何を着ていようが、文でも絵でも電車内でも自由に表現可能。
だから、一生の内に完成させたい。何作も書(描)きたい。オリジナルキャラを世に出したい。
ぼくは今も色んな手法で、気持ちを飛ばし続ける。芸術家の一員として。