食べて身体を正常に戻していく。
食べることを許して心を癒していく。
そうしていく事で私は身体の過食と心の過食、
両方が止まりました。
で、この頃自分で何となく、
摂食障害治ったなと言う感覚がありました。
食症状(私の場合、過食と嘔吐)がなくなった。
食べるのが怖くない。
考えすぎずに食べられる。
食べると言う事に悩み困る事がなくなった。
摂食障害卒業できた、、!!!
こんな日が本当に来るなんて、とめちゃくちゃ嬉しかった記憶です。
ただこの頃、
やや恋愛依存みたいになってました。
一緒にいても苦しいのに、
周りにも離れた方がいいと言われるような相手なのに、
何故か離れられなかった。
めちゃくちゃ執着してた。
今でこそ思いますが、
食症状は治ったけど、
根っこの生きづらさがまだまだ残ってたなぁと思います。
ダイエット→恋愛
依存先が変わったと言う感じ。
まだまだ自分自信を認められず、
何かに誰かに認めてもらわなければいけないと思ってた。
↑そしてこれが、摂食障害の根っこにある生きづらさ。
自分で自分を認められない。
だから何か(世間、周り、他人)に認めて欲しい。
誰かが言った事が自分の正解。
自分で正解を決められない。
自分を生きれない。
いつも誰かの人生(正解)を生きている。
自分がない。
、、だから苦しい。
摂食障害だった頃は、
ダイエットにのめり込む事でそう言う事も考えずに済んでいた。
ダイエットに悩めていたおかげで本質からは目をそらして過ごす事が出来てた。
後から思ったのだけど、
ダイエットにのめり込む事で少なからず救われていた部分もあったんだと思う。
メリットもちゃんとあった。
だから長年摂食障害をやめられなかった。
気づいた時、苦しかったけど私を救ってくれてありがとうと言う気持ちにもなりました。
あれだけ自分の日常を支配して大半を占めてたダイエットがなくなってしまうと
向き合うしかなくなってしまった。
私って一体どんな人間、、??
↑直面してみるとこれが全然分からなくて焦った。
何が好き?
何が嫌い?
どんな時嬉しい?
どんな時悲しい??
いつも目の前の景色は自分の体重次第で変わっていたのでこんな簡単な事も分からなかったりした。
痩せてたら何してても楽しかったし
太ってしまうと何してても楽しくなかったので
ただの私になってみて、
本当に自分の事が分からなかった。
正直この時、怖さがありました。
自分って空っぽなんだ。
漠然とした虚しさと孤独。
そのリアルタイムな私の声。
10年前の過去記事
↑こちらより抜粋
過食嘔吐の刺激に現実逃避しなくなったぶん、自分の弱い部分が明確になってきた(そしてきっとその部分が摂食障害になった理由だと思う)
過食嘔吐をやめれなかった時とまた違う苦しさがあった。
けどここからがまた新しいスタートになりました。
私を知っていく。
一から私の人生を生きていく。
自分で正解を探していく。
自分を幸せにする。
そんなスタートになりました😊
少し長くなるので続きます😊
読んでいただきありがとうございました🌸