食生活を、変えようと思ったきっかけ。


子ども達が幼稚園に通っていた6年間、少食の娘にお弁当を楽しくしっかり食べてほしい、と、

かわいらしく細工をするようになりました。

どんどんどんどんハマっていって、

気づけば、その技術だけを一生懸命に習得しようとしていました。

ブログに執心して、「すごーい」ってコメントもらって有頂天、のような日々をすごしていました。

(ほんとはたいしたこともなかったのですが、皆さん、優しかったようです。)


これは誰のための弁当なんだろう、

かわいくするために一生懸命で、おかずは冷凍食品とかって、私、何やってるんだろう・・・。


目が覚めました。

私が磨くべき腕は、そっちじゃなく、お料理の腕。

勉強すべきことはそんなことじゃない。


きちんと、食のお勉強をして、いわゆるキャラ弁を作っておられる方もいらっしゃいます。

でも、私はそうでは全然ありませんでした。


一からやり直すことにしました。

時間を、もっと有効に使おうと思いました。

図書館でたくさん本を読んで意識改革。

資格の勉強をしたり。

そして、普段の食生活からしっかり改善に取り組み、きちんと手をかけました。



お弁当箱という空間を、食材で美しく彩るという文化は、日本のアートといってもいいと思います。

決して否定したくないんです。

あっていいと思っています。

「粗食のススメ」著者の幕内秀夫先生などは、「見栄っぱりの弁当」と手厳しく否定されていますが、

確かにそういう部分も認めます。

それでも、それをきっかけにして若いお母さんが食に興味を持つということもあったりします。


ただ、そればかりになってしまって、大切なことを忘れてはいけないな、とは危惧します。

私も、忘れかけていましたから。


食べもののいのちを、疎かにしないこと。

感謝していただくということ。

それをまず大切に、その上で美しいお弁当をこしらえたい。



子ども達は、小学生になりました。もう、楽しく食べるために細工をしてあげる必要などなくなりました。

それより、旬の食材、素材そのものの風味や色合いを知ってほしい。

カロリーや栄養分や、数値だけにとらわれているのも、やはり食べものをケミカルに「物体」としてしか見ていない気がして、好きではありません。

私はいのちをいただいているんだという感覚を大切にしたいなと思うんです。

それは、いのちを感じられないものを極力使わない、ということにもつながりますよね。


感覚的な考え方だし、私も完璧にそれができているとは思いません、まだまだ勉強中です。