もうこのご時世、大企業なら安心だの日本なら安心だのという考えは捨ててしまいたい。


これからはモノやサービスに溢れきった世界で生きていかなければならない。


何が正解かなんてわからない世の中なのかもれない。


世界から見た日本の強みとはなんだろうか。


おもてなし、アニメ文化など独自の進化を遂げてきたものではないか。


日本の横並びの教育では個性は育たないのだろうか。


全体を見たらそう考えてしまうのも無理はない。


責任転嫁して自分は悪くない、関係ないと思っていたらいつまでも解決されない。


当事者意識を持って、自分ならこうするなどの考え方を持つのが大切なのではないかと思う。


気づいたものが自分を持てば味が生まれる。味がある国民性って素晴らしいんじゃないかなあ。

本屋へ行くとついつい本を買ってしまう。


一冊1000円強で安いと思うか高いと思うかはその一冊の本の価値にあり


読み手の本から吸収してアウトプットできる能力によると思います。


ですが費用対効果を考えてみると割に合わない気もする。


一か月5000円くらいを衝動買いの書籍代と計上して、一年で6万円。


果たしてこれだけの価値があるのだろうか。


私はないと思えて仕方ない。


なぜなら一時の感情、本の雰囲気、流行などの非付加価値なるものが付いてきてしまうと思うからだ。


じゃあ無駄のない本選びはどうしたらいいのかと考えたが古典など古くから伝わる変わらない根幹となる考えが記されたものよいのだと思う。


それ以外はの本は基本立ち読みでいい。


立ち読みには大きなメリットがある。


それは限られた環境であるからそ読み取らなきゃいけない部分が目に入ってくるということ。


立っているから長時間は読んでいられない。限られた時間で読もうとするとどうしても無駄なところは読んでいられず、本来その本が持っている果実の数%を無駄なく収穫できる。


これは一石二鳥だと思うからこれから実践するつもり。


実は無駄に買っていたモデルは自分だったのかもしれない。



人間って生き物だけがもつ心理なのだと思う。


どうして嘘というものがあるのか。どうして嘘をつくのか。


そもそも嘘とは悪いことなのか。


嘘にはいい嘘と悪い嘘があると言われるが良い嘘ってなんだろう。


嘘を否定するから肯定ではないのだろうか。


良い嘘というのはまず前提に嘘をつかなければならない状況で相手が不利な立場に置かれていることが考えられる。


このような場合、相手は弱い立場なので嘘という手段であっても受け入れることが出来るのだろう。


逆に相手の立場が強く、状況の変化を望んでいない立場であればいい嘘であってもマイナスを被ることになると考えられる。


総じて嘘は相手の置かれている状況を判断して使うことが望まれる。


ヒトとヒトとがより円滑な生活ができるようになりますように。