精神セッションがある程度進むと、ドクターのチェックが入る。
私とS先生は私の心の中にある病を作り出した原因を一つ一つ紐解いていく探偵の🕵️♂️ような作業をするのだが、ドクター👨⚕️はそれを俯瞰して私たちが気付かない視点から助言をしてくれる。
その時ドクターに言われたのは、
「次は旦那さんとの関係の中に病気の原因がなかったか考えてみなさい」
ということ。
これを言われた時、私の中にはドクターへの反発心があった。私は夫ととても良い関係を築いていると思っていたし、こうやって西洋医学ではなく自然療法でやっていくと決めたのも彼のサポートがあったからだ。
彼は私にとってソウルメイトであり、彼の存在は私の心の聖域だった。
そんな彼との関係の中に病気の原因なんてあるはずがないと思っていたのだ。
でも、ドクターが仰ることはいつも的を得ているし、夫との関係を振り返ってみようと思った。
そしてその振り返りに過程の中で、私が蓋をしてきたいろんなことが見え始めた。
以前よりも冷静に正直に自分を見つめることができるようになって、初めて見えてきた気持ちもあったのだと思う。
前職で私はアメリカで働いていた。
その時に出逢ったのが今の夫だ。
彼の第一印象は米みたいな人。(上下ともに白い服を着ていたから)
英語が上手で品のある人だなぁと思った。彼 は初めて私が好きになった人が私を好いてくれると言うパターンだった。外国人ぽいロマンチックな一面やレディーファーストをさらっとできるあたりもとても好きだった。
私のアメリカ駐在期間は2年間と決まっていた。そしてその事は彼にも伝えていた。
2人とも結婚を意識していたし、お互いの両親にも会っていたので、私は彼からのロマンチックなプロポーズを待っていた。しかし待てど暮らせどプロポーズがない。膝をついて、リングをパッカーンと言うサプライズに憧れていた私は煮え切らない彼の態度に激怒し別れるのか結婚するのかどうするのかと迫った。
結局はリング、結婚式の日取りなど全て私が段取りをして主導権を持って動き結婚したが、彼は本当に結婚したかったんだろうか?と言う疑問が私の中にずっとあった。
付き合った当初はあんなに情熱的でロマンチックだったのにこれかよと言うがっかり感、私も29歳でこの人を逃すと結婚できないかも(特に日本に帰ったらその辺の男性より給料の高い私など煙たがられるだけ)と言う焦りもあった。
結局彼の仕事もあったので半年間はアメリカと日本で別居となった。その間、籍が入っていなかったらきっと別れていただろうなと思うこともたくさんあった。
半年後彼が日本にやってきたが、日本語を話せない彼はなかなか仕事を見つけられずにいた。
外資系の企業でアメリカの時と同じような内容の仕事もあったが給料は半分、労働時間は長いと言うのでモチベーションにならなかったようだ。
アメリカでの生活、仕事、ビザなど全てをあきらめさせたと言う罪悪感から私は彼に何も言えなかった。
彼の第一印象は米みたいな人。(上下ともに白い服を着ていたから)
英語が上手で品のある人だなぁと思った。彼 は初めて私が好きになった人が私を好いてくれると言うパターンだった。外国人ぽいロマンチックな一面やレディーファーストをさらっとできるあたりもとても好きだった。
私のアメリカ駐在期間は2年間と決まっていた。そしてその事は彼にも伝えていた。
2人とも結婚を意識していたし、お互いの両親にも会っていたので、私は彼からのロマンチックなプロポーズを待っていた。しかし待てど暮らせどプロポーズがない。膝をついて、リングをパッカーンと言うサプライズに憧れていた私は煮え切らない彼の態度に激怒し別れるのか結婚するのかどうするのかと迫った。
結局はリング、結婚式の日取りなど全て私が段取りをして主導権を持って動き結婚したが、彼は本当に結婚したかったんだろうか?と言う疑問が私の中にずっとあった。
付き合った当初はあんなに情熱的でロマンチックだったのにこれかよと言うがっかり感、私も29歳でこの人を逃すと結婚できないかも(特に日本に帰ったらその辺の男性より給料の高い私など煙たがられるだけ)と言う焦りもあった。
結局彼の仕事もあったので半年間はアメリカと日本で別居となった。その間、籍が入っていなかったらきっと別れていただろうなと思うこともたくさんあった。
半年後彼が日本にやってきたが、日本語を話せない彼はなかなか仕事を見つけられずにいた。
外資系の企業でアメリカの時と同じような内容の仕事もあったが給料は半分、労働時間は長いと言うのでモチベーションにならなかったようだ。
アメリカでの生活、仕事、ビザなど全てをあきらめさせたと言う罪悪感から私は彼に何も言えなかった。
朝私が出勤する時も寝ていて、帰ってきたらどんなにくたくたでも2人分の食事を用意して、その中でもパジャマのままオンラインゲームをしていたりこんなの完全にヒモやん。なぜ私1人がこんなに頑張らないといけないのか。だけど引け目を感じていた私は生活費から何から何まで全て自分がなんとかしなければと、辞めたい仕事をなかなか辞める決心がつかなかった。だが最後はもう精神的に追い詰められ鬱っぽくなって前職をやめた。
「彼との結婚、恋愛は私の今までの人生の中で1番キラキラしていて美しい聖域。彼と結婚できた事は本当に幸せで、あの人はソウルメイトで完璧なパートナー。私は本当にラッキーだ」
そう思いたかった。
それが私の人生の最後の砦だった。
機能不全家族の中で育ち、そんな中で彼との恋愛は私の唯一の「間違っていない決断」だと信じたかった。
自分は今、彼と一緒にいて幸せなんだと信じたかった。
だからドクターに「旦那との結婚が病気につながっている可能性も大いにある」と言われた時、ものすごい反発心があった。
「そんなわけない、この人は私の人生の中で最高のギフトなんだから」と自分の唯一幸せにつながっていると信じて疑わなかった決断を否定されたくなかった。
けれどこうして振り返ってみると、彼との結婚生活の中でも私は自分を押し殺し、仮面をつけ、本当の自分を偽って嘘をついていたとよくわかる。
でも、これは幼い頃に形成された「頑張りたい自分」がそういう相手を引き寄せた。つまり、私自身がそれを体験したかっただけでその現実を作ったのは私の責任だったのだ。