ドクターとの面談もひと段落し、私は東京から実家のある大阪に戻った。


12月に骨転移が見つかってから、私は少しずついろいろなことができなくなっていた。


家の家事、掃除、洗濯、料理など

実家の母が大阪から来てくれて手伝ってくれていた。


けれど、慣れない環境の中で母にも負担がかかっていたし、私と夫は東京に居なくてもできる仕事をしていたので、東京のマンションは引き払って、大阪の実家の離れに暮らすことに決めた。


父は車の荷台に布団をひいて、大阪から遠路はるばる私を迎えに来てくれた。

夫、私、父、母と4人で東京から8時間かけて大阪に戻ってきた。途中何度かサービスエリアに寄って休憩して、なんだかみんなで旅行に行くようですごく楽しかった。


私はこの時、家族の深い深い愛情を感じていた。


精神セッションで自分を深掘りし、家族との沢山の葛藤も見つかった。

機能不全家族の中で、深い闇の中を生きてきたようなそんな哀しみがあり、私の人生は全部真っ黒だったと悲観したこともあった。


だけど。。。。。


歩けなくなって、何もできないポンコツの私。

そんな私でもいいんじゃないか。


何かができる私だから、両親は、夫は私を愛している訳ではないと言ってくれた。


ただ生きてくれているだけでいいのだと言ってくれた意味が漸くわかってきた。


私は何にもできなくてもこのままで存在していていいんだ。


これをわからせるために、いまの症状が出たのかな。


私がないと思い込んでいた愛は実はそこら中に標準装備されていて、私がそれを見なかっただけではないかと気付いた。


そして、たくさんの感謝とともに私の人生の中に白が見つかり始めた。