地味~な休日
今日は独立記念日で週のど真ん中の祝日。
明日は普通に学校だけど、
人によっては勝手に繋いで休みとって、旅行、という家族もいて
木、金分の学校の宿題をもらって他州へ、とか
火曜日の夜から飛行機で他州へ、あるいはヨーロッパへ、
小金持ちは違うな。
我が家はいたって変わりない普通の日ですが、
祝日はお店も早々半日でしまってしまうので
午前中のうちにスーパーへ行き、
知り合いに教えてもらった良さそうな美容師の場所をチェックに行ってきました。
その美容師Eは自宅で客を取ってミニ美容院をやってらっしゃって、
住宅街にあるのでどこにあるのか分からなかったのですが、
今日は道で人に聞いて、たどり着けました。
気さくな感じのEさん、
カットは誰でも一律5RS,カラーはEさん任せなら30RS,
自分で染料持ち込めば、手間賃だけの10RSという
破格のお値段。
腕のほうは、知り合いの髪型を見ているので、けっこう良さそう。
できたら今日切ってもらいたかったけど、さすがに今日は祝日で休みだそうで
月~土の9時から7時
あるいは日曜日の9時から12時で、予約も必要なし、とのことで
なかなか仕事時間にはいけない私に好都合!!
楽しみです♪
午後からはこんな感じで
お日様ポカポカ気持ちいい。
なんだかねむーい。 このまま外で寝てました。
夕飯食べ終わってからは
できるだけやるようにしている算数プリント1枚。
上の子は分数の最大公約数とか、分母を揃えるとか、
下の子は九九。
九九も覚え切ってないのに学校では割り算に入っていて
やっぱり宿題のときとかつまづくんだよね、
だって九九知らなきゃダメでしょ、
っていうわけで、単語カード表に式、裏に答えを書いたヤツで練習。
1からやろうとすると天邪鬼ぶりを発揮して
9の段から始めて、今日は6の段。
ろくいちがろく、ろくにじゅうに、ろくさんじゅうはち、ろくしにじゅう、
と、間違ったらまた一から言い直し。
上の子のときも同じように単語カード作ってやらせたけど
彼女の場合は聞くと覚えるので、私が言うのを繰り返させた。
今回、下の子はちょっと違って、書いて覚える、見て覚えるみたいなので
自分で書き写しもやり、口で言う練習もし、
姉妹でも違うんだな。
特に4と7のし、しち、の言い方が紛らわしいらしい、
さぶろく、はっぱ、ろっく、とかは面白いから入りやすい。
にしても、なんで学校行ってて身につかないんだか、
仕事から帰って夕飯準備して、子供らの算数二人分見て、
すごい疲れる~、んだけど、小学校の算数くらい身についてないと
困るもんな、、今なら早く吸収するだろうし、
というわけで、こんな地味~な日々は続く。
スーパー友達
おととい、スーパーのレジで並んでいたら
前にいたブラジル人のおばちゃんがかごに入れていたものは
ブラジル製のおかきせんべい(これが高い、8RS)
私は買ったことないので、思わず、それ,おいしいの?
と聞いてみると、だーい好き!とのこと。
今日は味噌汁にする。 今度味噌汁のおいしーい作り方を
誰かに教えてもらいたい、自分で作るのはイマイチになった。
といった後、あなた、味噌汁作れる?
というので、作れるよ、というと
目を輝かせながら、どうやって作るの?何入れるとおいしいの??
と身を乗り出して聞いてきたので、いや、作り方って言われても
自分が入れたい具とほんだしと味噌入れればいいんだけどな、、
と思いつつ、
はっきり教えてほしそうなので、私が好きで
材料がそろうもの、ということで
わかめとじゃがいもとたまねぎ&ねぎのバージョンを
説明してみた。
すると、WAKAME? が謎だったらしく
あそこにある海草だよ、
というと、並んでいるレジに買い物かごおいたまま
ちょっとちょっと、目で確認、と
日本食財コーナーへ引っ張っていかれ
私はこの細いの入れたことあるわ!と指差したのが
ひじき。
ふん、ひじきでもいいかもしれないけど、
わたしのおススメのわかめはこれ
と示すと、即買い。
味噌の量、ほんだしの量も細かく聞かれ
うーん、いつも目分量だからなあ、
と思いつつもだいたいを教え、
サツマイモでもいいよ、でもちょっと甘くなるよ、
あくまでも各家庭の好みで、
と言っておきました。
自分は戦争時代、食べ物にひもじい思いをしたから
食べられるだけでも満足、とも。
ということはどっかからの移民だったのかな。
そこまで聞かなかったけど、おばちゃんはうれしそうに
去っていきました。
スーパーや商店で買い物していると
店の人や、知り合いはもちろん
ぜんぜん知らない人とも会話することがよくあります。
もー、今時間ないからさっさとすましたいのよー
っていうとき、すれ違いざまにお辞儀でちわーッス
で通り過ぎようとしても、オゥイ!とハグ挨拶で時間ロスト。
(あんまり時間気にしてないっぽいんだよね、みんな、
わたしは、あー、出勤時間に遅れるーとか、よくいそいそ)
それだけですまなくて話しかけらはじめ、
相手は忙しかろう、とかおもんぱかったりしないので
はっきりと、わたしちょっと今急いでるから、
って伝えなきゃいけない。
でも、普段プライベートで付き合うような友達がいなくても
孤独な感じがしないのは
こうしてあちこちで人と接してるからだと思う。
なにせ、スーパーの野菜量りコーナーのお姉ちゃんとは
公立病院で出産する場合、下の毛は剃っていったほうがいいかどうか
とか、どこどこの病院は大丈夫か、っていう情報交換もしてくれたし
見知らぬおばちゃんが、日系人から教えててもらったのよ
といいながら、いいたまねぎの見分け方を教えてもらったり
(たまねぎの芽のところを押していて、柔らかくない、
硬くてしっかりしているのが、中が腐ってないらしい)
シャッピンヤ(ヘアアイロン)買うならどのメーカーがよかったか、とか
どこの学校がいいとか、送迎バスはいくらで雇える、とか
給料を勝手に下げられたときには、訴えたらいいのよ!と薦められたり、(笑)
娘が赤ちゃんだったときは、最近合うジーンズがない、という話をしたら
休みの日に買い物に付き合ってくれ、交代で抱っこしながら
ジーンズ選ばせてくれたり、(ただの客と店員だったのに、よ)
見知らぬおじさんが、うちの子たちを見て、彼女達に合いそうなサイズの
スケートがあるから、もらってくれないか、息子が使っていたものなんだ、
といって持ってきてくれたり。
(結局古すぎて使ったらローラーがポロポロになっちゃったけど)
また、わたしが日本人だからって、日本食コーナーにある
商品の説明を求められることもある。
赤の他人なのに、あるいは赤の他人だからこそか、
拒絶することなくフランクに接してくれる。
絡んでくるっていうんかな。
何かの拍子に目で話しかけてきたり、
その場を共有した微笑みあいがあったり。
いろんなことを、買い物しながら話せる。
店員さんたちは入れ替わりもけっこうあって、
下の毛剃るかどうか話した人はスッといなくなって
それっきり、の人もいたり
町で再会して立ち話しする人もいるし、
FBで再会して近況が知れたり
娘たちのことを気にかけてくれたり、
そんな人たちがたくさんいて 心地よい。
見つけたもんは俺のもの
さっむーい、さむい、
けど、夕焼け空が美しい、写真写真!
んっ、カメラもうないんだ、あー、(へこむ
)
(ケータイのカメラ機能はあるので、まだいっか、、)
おとといだったか、次女が学校から帰ってきて
今日は学校で○○くんが10RSを拾った、
と言っていたので、ふーん、それでどうしたの?
と聞いたら、もちろん、持って帰った。
それはそうだろう、ここはブラジルだしね。
とわかっている上でわざと、職員室に届けたりしないの?
って聞いてみると
『Ue porquê? ele que achou ,é dele ue』
(なんで?彼が見つけたんだから彼のもんでしょ!)
だって。
なんか、私が小学生のころ、道端で見つけた5円玉さえ
交番に届けるような律儀な正義感に包まれた同級生とかいたけどな。
(とまたついつい自分の小学生時代を引っ張り出してしまう)
とかいう私も、いつだったか、
移動式遊園地に知人(ブラジル人)家族と行ったとき、
白煙たつ土の地面にお札の塊が砂にまみれて落ちているのを見つけて
数えたら10RS札が4枚に5RS札1枚に1RSだか2RS札パラパラ、
全部で50RS、小さいお金両替して遊園地に来たんだろうな、
っていう感じの落し物で、
うわ、どうしよ、誰か落とした人まだ近くにいないかな、
と見回していると、知人夫婦が「はよ収め、はよ」というので
でも、、と躊躇していると、「見つけた人のもんよ!
金は天下の回り物、回ってきたときにはもらっとき、」
と言い切る知人夫婦、
届ける場所もなさそうだし、結局懐に収めました。
また、あるときは、焼きそばの手伝いをしていて、出入り口でふと床に
50RSが転がっているのを発見、周りにいた人に、ちょっとちょっと、
50RS落ちてた、と言うと、
「あー知らん知らん、俺は知らんよ、落とした人はJA ERA。(もう遅い)」
もうあんたのもんや、という感じに急き立てられ、着服。
なんかネコババしてるようで引っかかるんだけど、
どうもここでは見つけたもんは見つけたもんのもの、
拾ったもんはひろったもんのもの、で当然のような気配があります。
なので、道端でコイン見つけたりしたら、拾って、兄弟のいる
お財布の中に収めるようになって、それが当たり前化しています。
ブラジル化してるのかな、、、(ちょっと罪悪感)
落ちているお金に関しては、こうする私だけど、
人のものとか植物とかは私の領域外なので
頂こう、とは思えないんですが、
以前、ご近所だった人で(貧しい層の主婦)
とにかく目ざとい人がいたんだよね。
悪気なくやってるんだけど、道歩きながらも
あ、あそこの家のなになにがどうとか
そこにあるちょっとした資源になりそうなもん、
ほったらかしにしてあるから持って行こう、とか。
ほったらかしてあっても自分のじゃないんなら
そのままにしときんさいや!![]()
また、きれいな花咲いてたら、
あ、きれいな、持っていこう(持っていかなきゃ損)とか。
自然のままにしといたらええじゃん、
あんたが折ってまで家に持ち帰らんでも!!![]()
と私はイライラストレスだったなあ。。。
あるものをあるがままにしとかないんだよね。。
ちょっとずれるけど、
その辺の木とかもクッピン対策なのか知らないけど
50センチくらい根元から白いペンキやCALで塗ったりして
マニキュア感覚なのか、自然の木をペンキで塗るのに驚いたな、昔。。
なんでそのままにしとかないの?
その辺はまあしょうがないとしても、
やっぱりコソ泥はダメでしょ。
あ、いいもんみっけ、誰も見てないから、チャンス!
みたいなことしてたら、もうめちゃくちゃになってくるじゃん。
節操がないわ。
と、まだスッキリしないからグダグダ吐いてみた。
はい、愚痴おしまい。
母子3人元気で生きていること
お仕事があっておまんま食べていけること
ネット上や現実上でわたしと関わってくれる方々がいること。
これだけでありがたい☆
これでもうスイッチゼロに戻る。
独り言晒し日記を読んでくださったあなた、
ありがとう♪
台風通過中の日本の皆様、お気をつけて。![]()
カメラ盗まれた、、、
もー、ショック~!!!
一瞬のすきに、職場で休憩時間にカメラ持ち去られちった。。。
ポケットが重いから出して、マイデスクの上に置いたのが最後。
休憩時間で席をはずしてアウト。。
見慣れないパーカーかぶった少年が外で
画面見ながらいじったあとポケットに入れてその場を去ったのを目撃した人がいるし、
もう戻ってこないな。。
8Gのメモリー、もったいねー!
っていうか中の画像、いろんな人、お子さんとかも写ってるんですけど、
使うんならさっさと消去してから使え、ばかもん!
知り合いとか内部の人間の犯行じゃないのが救い。
にしても気分悪いわ。。
新しいデジカメ、より良いやつを手に入れてやる!
っと意気込んでチェックしているけど、
いつになることやら、この出費、安くないわ。。。。
カメラは片時も放さず首からぶら下げておきましょう。笑
記憶の彼方へ
独り言です。
毎日忙しくって、去年の今頃は何したか、
下手したら昨日の晩御飯はなんだったかさえ忘れてしまいそうな、
ボケ始まっているんじゃないのか?っていうくらい
日々の出来事とか、感情とか積み重なって記憶されていかない。
ただその日、その瞬間できることをやって
サラッと過ぎていく。
(だから、ブログに書き出したいことも特になかったりする。笑)
でも、昔はそうじゃなかったんだよね。
いろいろ思い悩んで引きずったり
感じることも感情も大きく揺れて、
あまりにもボリューム強!で必要のないことまで
深く細かく刻まれて生きにくくてしょうがなかった。
ある時期は映像を見るように事細かに鮮やかにリアルに再生して
追体験するようなこともあった。
これは濃密で重い。パソコンも映像とか多いと重くてのろくなるけど
人生も同じだと思う。
子供の頃記憶力は良くて、いろんな出来事、
あの時はああなってこうなってこういうことになって、
と流れを全部覚えていて、
それを母に話すと
あんた ようそんなこと覚えとるねぇ、
わたしにはさっぱり記憶にないわ~、
なんて言われて、寂しいような気がしたことがあったけど
今まさに、私は大人になって日々の生活に追われて
いろんな出来事にも慣れてしまって
母のように、覚えてない大人、になっているのかもしれない。
っていうか、おばさん化、あるいはボケ老人化しているのかもしれないけど
それはそれで生きやすい。 ラクだ。
特に、ブラジルに来てからの記憶。
けっこうしんどかったことが多いのかもしれないけど
ブログ上で意思的に回想でもしようとしなければ
普段思い出したり反芻することもないので
記憶に残ってない、子ども時代の記憶に比べると
軽い、軽い。
でも、ちょっと前mixiで再会した小学校の同級生の子が
すごい記憶力で、私の言動とか
私はもう へ?そういえばそうだったかなあ、
って言うエピソードを記憶装置のように保管していて
それを聞いて、そういえばそうだった!と思い出して
おかしくなることもあれば、
いくら言われても、そうだったかなあ??
という闇の部分もあって、
記憶は反芻回数とその人の感情のポイントとか印象度の高いものによって
同じ出来事でも残ったり残らなかったりするのかなあ
なんて思っていたんですが、
最近、ふと思い立って、あの人は今、みたいな感じで
十代の頃の知り合いとか、先生とかネットで検索してみたんです。
そうしたら意外なところから何人か近況がわかったり、
苗字が変わっていたせいで何のお仕事されているかわかったり、
直接声はかけられないけど、活躍しているのを知れて
こんな遠くに、もう何の接点もない人生送っているけど
生きているんだな、と思えて嬉しかった。
その中の一人に、高校時代、予備校で一年くらい教えてもらっていた
女の先生がいて、彼女はちょっと変わった人で
ご主人はインド人とか人づてに聞いたことがあって、
矢野顕子っぽい風貌で、6歳くらいの息子さんを
職場に連れて来られていた事があって、
進路指導のとき、うちの親に
『進学するかしないか、どこに進学するかとか
いろいろあるけど、大事なのは結果としてちゃんとおまんま食べていけるようになるかどうかです』
って言ってたことがあったらしい。
まさに今大人になって、そのとおりだな、と思う。
そんな彼女、名前で探したら
俺の母ちゃん、とかって、スノボ系の若い男子のブログに
乗っていて、書かれた当時のブログ(2008年)に
本名、年齢、血液型&スノボする彼女の動画つき。
かつてのソバージュロングヘアがベリーショートで
思いもよらないスノボする姿! しかも
夏にはアジアの国へボディボードに出かけ
真っ黒になって帰ってきて
冬はeminenを聞きながらスノボする48歳。
すごい変貌振りだけど、明らかにあの先生なんです。
あの頃連れていた男の子がこんなに大きくなって
先生は年などかまわずスノボや海やに出かけ、
その情熱はあの頃のままだな。
ステキ☆
それで、この感動を分かち合えるであろうただ一人のかつての友人に
そっこーFBで見てもらったら、
えー、誰?知らない
だって。
いくらか説明してみたけど、そういえばそんな人もいたかなあ、
って言う程度で腑に落ちない様子。
いや、絶対覚えとるはず、見たらわかる!
といいたい所だけど、私の場合は日本を離れて12年
それまでの日本での生活、経験は
そのまま濃縮保存され、それ以上日本で新たな生活経験や
人間関係は上書きされないわけだけど、
日本に残った友人は、日本で人生が続いていき、
たくさんの人にも出会い、たった一年予備校で教えてもらった先生のことなど
どこかへ押しやられて当然かもしれない。
でも友人に、なんでそんな記憶力なの?
ぜんぜん覚えてない、と言われ
あったはずのものが幻だったような
私だけが時のはざま、陸の孤島にでも取り残されてしまったような
一人ぼっちな感じを味わいました。
人生忘れたもん勝ち!な時もあるけど
覚えておいて楽しい人や出来事もあるよね。
それを誰かと分かち合えたら、さらに嬉しいんだけど
この記憶は私だけのものになっているようです。
