スーさんのお気に入りの場所のひとつに成田空港の回転寿司がある。

そこの大きな窓からは次々に飛び立つ飛行機が見え、青空が広がる日はまさしくもって特等席。

それを見ながら食べるお寿司の味が良ければ幸福度も2倍、いや4倍へと膨れ上がるというものだ。特に「ホタテの海鮮焼」に目の無いスーさん。イギリスに戻ってからも「あれはほんっとに美味しい」と時折漏らす程。

 

が、もしあなたが海外在住の身であり、あと数時間後に日本を発つとしよう。今度いつ戻るかは全くもって不明。そのときに果たしてそれが「食べたいもの」トップに来るか、と聞かれたら私は否と答える。

 

まずスーさんと私とでは日本での立場が違う。

彼はあくまでも『観光客』。そして私は『一時帰国者』。とはいえスーさんの個人ガイドに徹しているのが常だ。滞在中は彼に日本の美味しいものを堪能させようと古今奔走。多少お高くとも「折角なんだし」の一点張りで食べまくる。その結果成田に戻って来た時点で寿司と天麩羅は「もう十分」なのだ。既に体はガリくさいと言っても過言ではない。スーさんはそれでも「まだ寿司行けます!だって最後だし」で通る。だが私は違う。「最後ぐらいは好きなものでシメたい。」

 

この前の帰国の時、私は告げた。

「いつもの回転寿司行くんでしょ?私は違うとこにするよ」

「ええ?でも僕メニュー読めない」

折悪しくベルトコンベアーには寿司が乗っておらず「ご注文あったらおっしゃってくださいねえ」タイムであった。しょうがない。紙とペンを用意するとメニューの端から端まで適当な英語で訳しながら読み上げ、スーさんの注文を書き取る。そしてその紙を板さんに渡した。

「すみません。この人これで、これなもんで」

「あいよ」

多少不安げなスーさんであったが板さんが面倒見てくれるだろう。そうして私は回転寿司屋を後にした。

 

やったーーー!最後に手に入れた自由時間。何食べよう

片っ端からレストランのショーケースを見て回る。

うどん、いいねえ。たぬき行っとく?それともこの「小うどんとかやくご飯セット」もいいねえ。

うーんカツ丼も捨てがたい。おでん定食にも惹かれるな。

 

浮浪者のようにうろつき回ること数十分。やっと一つに絞り日本最後の食事を堪能した。

 

食事を終えスーさんが待つロビーへ。早速聞いてくるスーさん。自分よりいいものを食べたんじゃないかと気が気ではないのだ。

「何食べたの?美味しかった?」

「大満足。ご協力に感謝。ありがとう」

「で、何食べたのさー」

「カレーライス」

「へ?」

「だからカレーライスです!」


私が最終的に決めたのは独立したレストランではなく、いくつかの出店で構成されたフードコートのようなところであった。客層も空港職員の方が旅行客より多かったくらいだ。

そして数多くのメニューの中でカレーが圧倒的に強い光を放っていた。

今でも言われる。「なぜカレーライスだったのか」と。

だが私はあの時の選択が間違っていたとは思っていない。


こうして書いててまた食べたくなってきた。そういや福神漬けが最後の一押しだったんだよなあ。