いくつか渡り歩いた会社の中でも一人印象に残っている社長がいる。
その会社は社長と営業のおじさん、経理の私。そして社長の別会社の経理を担当する女性の計4名。こじんまりとした会社であった。
今では信じられないがおのおのの机に灰皿が置いてあった時代である。
社長は新宿の近くでアパートをいくつか経営しており、黙っていても収入のあるお金持ち。
実際あまり会社経営に向いているタイプでは無かった。
そしてその社長、カツラだったのである。
カツラもピンキリあると思うがあれはかなりの粗悪品であった。常におでこと前髪の境目が不自然に浮きまくっている。社長が我々の部屋へ入ってくるたびに
「入室するときは帽子を脱ぎたまえ!」
と危うく叫びそうになったものだ。
社長、金持ちなのに。銀座のクラブに行くお金あるならなんでもっといいカツラ買わないんだろう。
当時の私は不思議に思ったもんだ。そしてある日判明した。
お金がないから買えないのではなく、本人は「バレてない」と思い込んでいることを。
これはかなり手厳しい。
バレていない=このカツラはすばらしい=これでいいのだ。の図式。
彼の中ではさらに高価なカツラを買う必要なぞ微塵も無い。
でもね、社長。あなたが影でなんと呼ばれていたかご存知だろうか。
『ゴルゴ13』
入社してすぐに経理のおばさんに言われた。
「社長の後ろには絶対立っちゃ駄目よ」
エレベーターではもちろん社長が一番奥。
飲み会でももちろん壁際が社長の指定席。
後ろのつむじ、もしくは襟足さえ注目されなければ本人はバレないと固く信じている様子。
違う!後ろじゃなくて前、まえです、社長!
社長室に書類を届けるとよく櫛で髪をとかしていた社長。
クシにひっぱられてカツラが脱げるんじゃ、と見ているこっちはいつも冷や汗ものであった。
夏場の盛りは
「僕、昼寝するので誰も入れないでください」
とクーラーと鍵をかけて部屋にこもった社長。
果たして社長はカツラを脱いで涼んでいるのか、否か。我々は真剣に討議したものだ。
思えば仕事には集中せずタバコ吸いながらそんな話ばかりしていた職場であった。
1年後私はイギリスに語学留学することになり退職。
その後、風の便りでその会社が倒産したと聞いた。