灯台下暗し、という言葉がある。これは世田谷に住んでいたときの話だ。
ある日ネットで自分の住む町を調べていて驚いた。なんと我が家のすぐ裏に有名なゴミ屋敷が存在したのだ。
テレビで観る分には全くの他人事。「あーあーあー、こりゃすごいことに」。これでお終いだ。しかし実物がすぐ裏に存在していたら?
3年も住んでて気づかなかったとは何たる不覚であろう。
ラッキーというかアンラッキーというかその家は駅とは逆方向にあるため今までそちらに向かう機会がなかったのである。
真夜中過ぎではあったが早速その地へと赴いた。
く、暗い。真っ暗である。そして不思議なことになんの臭いもしない。
「はて?ほんとにここ?」と窓の隙間に何気なく目をやると
ひーーえーーーー
ゴミゴミゴミ、そしてゴミ!!!!!
スーパーのビニール袋できっちり閉じられた枕ほどの塊でその家は埋め尽くされていた。一階も二階も床から天井までびっしりと。
その様はまるでパンヤをぎゅう詰めにしたクッションのようで『ムギュウ』という音が今にも聞こえてきそうだ。家も心なしか丸く膨らんで見える。
最初暗闇のせいで玄関を飾る植木鉢かと思っていた物体ももちろんビニール玉。
なーる、あれだけキッチリ縛れば臭いも漏れんわ、と感心している場合ではない。
見ているだけで胃が詰め物で満たされてくる感触に襲われた私はそれでもすぐに帰りたい気持ちを抑えてその家の主を探した。
どう考えてもあの家に布団を敷く余地はない。しかし今は冬空に星が瞬く季節。外は寒かろう。
しかし怖さもあって結局諦め、あのビニール球がクッション、断熱材になってるのかも。そう無理やり納得して我が家へ戻った。
気の毒なのはその周りに建つアパートである。
世田谷でも人気のあるエリア。家賃収入を見越して借金して建てた大家さんも多かろう。なのにあの焦げたように薄黒い家のせいで価格も大暴落だ。
そしてそれ以後友人が我が家へ訪れるたびにそこを「観光スポット」として案内するのが恒例となった。
さてその家の主であるが、確かに彼は存在した。週2回の燃えるゴミの日にゴミを漁るおじさんこそがその人であった。世田谷に土地つき一軒屋を構えた立派な地主だ。彼の背後にはいろいろな歴史が隠れているのだろう。
たまに友人に観光案内をする位で私と彼との接点は何も無く月日が過ぎた。
そして私はイギリス行きが決まり持ち物の整理をする日々。不用品を思い切って処分した数日後のことである。
彼はまたゴミ捨て場にいた。いつものようにゴミ分別に忙しい。
しかし私の目線は彼が着ている上着にのみ固定されていた。
『それ、私のジャンパー!!!』
厚手のジャンパー。なんとサイズもぴったりの様子。
捨てるときは綺麗なグレーであったのが既に彼になじんで鈍い光を放っている。
既に捨てたもの。「ちょっとそれ返しなさいよ」なぞと言うわけにもいかない。
ゴミオヤジと物を取り合うOLなど人の記憶に残るべきものではない。
結局私はジャンパーを諦め会社へと向かった。
ゴミおじさん、風邪などひいてないでしょうか