日本滞在中、私がスーさんの穴あき靴下に敏感であるのは前にも書いた。
毎朝ホテルを出る前に彼の靴下をチェックをするのは私の大事な役目だ。靴を脱ぐ日はNo hole。その禁を破ることはまず無い。
その朝鼻先に突きつけられた靴下はそろいも揃って両足の親指のところに碁石ほどのメッシュが広がるものであった。花も散り、実も散った風情である。しかしその日のスケジュールからいって靴を脱ぐ可能性は極めて低い。私は無言でうなずいた。
レンタカーに乗り込みドライブを楽しむ私達。昼過ぎにはおなかがすいてきた。
目に留まった食堂で車を停め、引き戸を開けて席を探す私。通路を挟み両脇に座敷が並ぶ純和風な造りである。
「じゃ、ここで靴脱いで。ちゃんと揃えるんだよ」
指示を出して後ろを振り向くと彼の肩が小刻みに震えている。なんだ?トイレか?
もちろん違う。
「今日は靴を脱ぐ予定は無いって言ったじゃないか!!」
実はスーさん、人一倍人目を気にする性格なのである。
コンマ1秒で靴を脱ぎ、コンマ1秒で座敷に上がるとテーブルの下で足を伸ばす念の入れよう。私の膝元から二つの穴がこっちを見ている。
予想したとおり彼のぼやき節は絶好調だ。それでも天麩羅定食をぺろりと平らげ幾分機嫌が良くなった様子。出発前のおトイレへと発ち数分後戻ってきた。
虫の知らせと言えばいいのだろうか。何気なく彼の足元に目をやった私に稲妻が落ちた。
ス、スーさん、草履はいてない!!!
座敷の店に行くとトイレ用の草履が靴を脱ぐところに並べておいてあるものだ。客はそれを使ってトイレに向かう。しかし、ボヤキを聞くので手一杯な私はうっかりそのことを説明するのを忘れていた。
一方スーさんは折悪しく片付けられた自分の靴を見つけられずこう思った。
『これはきっと自分の家のようにくつろげってサイン!』
無知ゆえの幸せ。そしてなんとも都合のいい解釈。もちろん彼の目の前に佇む2組の茶色の草履なんぞ目に入らない。何の疑問も持たず靴下のままトイレに行き、そして戻ってきた。
座敷で語らう客たちがこっちを見ている。外人だもん、しょうがないよね。
彼は唯一胸を張って使える日本語を、笑顔とともに放ちつつ通路を進んだ。
「ドーモ」 (右へぺこり)
「ドーモ」 (左へぺこり)
もちろん足先を折りたたむことは忘れずに。
その折りたたんだ足元がみんなの興味をひいてるんだよ!
彼の行脚は私の元に戻るまで続いた。