日本のタクシーはいつもピカピカ。日本に帰る度に感心する。
運転手さんは制服かワイシャツ姿。丁寧な応対。これぞプロ。「この人に任せれば安心」。そんな気になる。
ところで今ってタクシーにカーナビが標準装備なんだろうか。ぼったくり防止なんだろうなー。全てのお客様に公平に、これはサービス業として正しい姿である。
だが一方で「こんな裏道があったんだぁ」と感心する客にちょっと得意げな運転手さん、というシーンはもう無いんだ。それはそれでちょっと淋しい。
こっちに来た当初タクシーに乗るたびに「なんだ?この得体の知れないラフな空気は?」と不思議に思っていた。そしてある日気がついた。イギリスのタクシー運転手は普段着。毎日がカジュアルフライデー。「答えはそこにあったか!」目からウロコであった。
カジュアル極めつけの運転手さんに遭遇した事がある。
12月に日本に一時帰国。正月にイギリスに戻ってきた時のことである。
ヒースローからコーチ(長距離バス)を使い終点に到着したのは真夜中過ぎ。人っ子一人いない。バス停から我が家までは車で10分。日本土産でパンパンのスーツケースを3つも抱えている。
タクシーを呼ばねば。今呼んだ所でいつ来るかは神のみぞ知る。だが他にすべはない。
スーさんが携帯を取り出しタクシー会社に電話しようとしたその時、ピカンとライトがついたタクシーが駐車しているのが目に入った。ラッキー!
いや待てよ。他の客が呼び寄せた可能性もある。客待ちのタクシーなんてこんな田舎に存在しない。しかし万が一ということもあり得る。足早に駆け寄るスーさん。ドライバーと話し、そして。。。
「グッ!!」親指が立ったー! タクシーがUターンしてこっちにやって来る。これであと20分後には温かい紅茶が私達を癒してくれるだろう。
しかし何かが変だ。なんだ?あのフロントガラスを縁取るネオンは??
タクシーが目の前に停まり車から出てくるドライバー。なんと
「メリーーーーークリスマス!!!!!」
全身サンタクロースである。
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サンタの服装はこの際目をつぶろう。ただし一言だけ言わせてくれ。
クリスマスは先週で終わっている。
どうする?止めるなら今だ。しかし次のタクシーがいつ来るか全く見当がつかない。そしてとにかく家にたどり着きたい。腹は決まった。このサンタに命を預けよう。
恐る恐るタクシーに乗り込むと中はさながらディスコ。先ほど目に入ったフロントガラスのネオンはクリスマスツリー用のもの。ちっこいミラーボールも、ほら回ってる。
しかし長旅で睡眠不足の我々にはこれらの演出は痛みとなって目に突き刺さるだけだ。
サンタはアクセルを踏み込み我が家へ向かう。心なしか鈴の音も聞こえてきた。
サンタは話す。自分の身の上を。
東欧の国からの移民の自分。家族を養うため、クリスマスも返上して(だから終わってるんだって)こうして夜遅くまで働いている。今一番の楽しみはアルゼンチンに嫁入りした娘にいつか会いに行くこと。よく話すサンタ。しかし髭が邪魔してよく聞きとれない。
うーん。かなり不安だ。そもそもこの人、本当にタクシードライバーなのかも怪しいもんだ。
話に適当に相槌うちつつ、内心は不安でいっぱいであった。
そしてきっかり10分後。私達は無事我が家に到着した。
ごめんサンタ。一瞬でも疑った私が悪かった。
チップと深夜料金を受け取ったサンタはネオンと共に再び闇の中へと消えていった。