リトアニアにある十字架の丘に行って来ました。

ここが世界遺産になっていたとは知らず、後から知りました。





世界平和を願う十字架も。


ゴミ一つ落ちていない歩道。


リトアニアのKGB博物館には、1939年にソビエト側に支配されるようになってから、バルト三国の人が強制収容所送りになったり、虐殺されたりして人口の3分の1もが減ったという資料が掲示されていました。

ソビエト占領下にバルト三国から60万人もの人たちが捕虜として連れ去られたそうですが、これはアメリカの人口比に換算すると2000万人、イギリスでは500万人に相当するそうです。

KGB博物館には、実際の牢屋が展示されているのですが、水責めの刑が行われていた部屋、(寒い冬に円盤のようなものの上に立たされ、そこに徐々に水を入れていくというもの)や3畳ぐらいの部屋に20人ぐらい押し込まれていた部屋などがありました。

シベリアの強制収容所で生まれた幼い兄弟の写真もありました。



この兄弟の運命を考えるのが辛いです。


十字架の丘はソビエト時代に撤去されたものの、いつの間にかまた復活したそうです。人びとの悲しみが、撤去してももどこからともなく十字架を運び、丘が復活したのかと思いました。


バルト三国は、ソ連崩壊後1991年頃に独立したそうなので、まだ独立してからそれほど経っていないようです。