ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

 うちの会社はイントラで訃報が見れるようになっています。時々、なんとはなしに見ることがあるのですが、見ているうちに、今持っている喪服って着れるのかと思い、帰宅後、袖を通してみました。

上着は昔はやりのダブルで寸法も余裕があったのでいけましたが、ズボンは完全にダメでした(涙)。

突然の法事に対応できるよう、きちんと買わないとってことで、今度の休みに買いに行ってきます。皆さんは、お持ちの喪服はなんなく着れますか?

 

お葬式と言えば、昔、驚いた体験と不思議な体験をしたことがありました。

 

①驚いた体験

 叔父が亡くなった時のことです。まだ残暑も厳しい中でのお通夜でした。場所は叔父宅で広間に棺を置いての実施です。しかし広間にはエアコンはなく、皆、額の汗を拭きながら、お坊さんの読むお経を聞いていました。

すると、唐突にガタン!という音と共にお坊さんのお経が止まります。

何事だ?と思ってると、お坊さんから

『今、(棺の蓋が)動きましたよね』

との一言。喪主として、傍に居た従兄弟も首を縦に振っています。ざわつく広間、動揺する参列者。すわ息を吹き返した!?なんてちょっとした騒ぎになりました。

結局、ドライアイスの詰めすぎで、二酸化炭素が蓋を持ち上げただけだったというヲチだったんですけどね(笑)。

当時は、あなたの知らない世界とか、宜保愛子さんの番組がブームになってた時期でもあったので、なかなかの沸き立ちでした。

叔父は豪快な性格だったので、きっと最後に皆を驚かせたかったんだろうねぇなんて、親戚皆で笑い話しになっていたのが思い出です。

 

②不思議な体験

 若干、地域バレするかもですが、 母方の故郷には『拝み家』という風習がありました。

昔々、江戸時代くらいまで遡るようなのですが、地域で亡くなった人が出たとき、お坊さんが来るまでの間に代わりにお経をあげる役目があったそうです。

このお役目を母方の家系は代々引き継いでいました。(ちなみに、その役目は祖父の代で途切れています。)

昭和も後期になるとほぼその役目を果たすことはなくなります。しかし、祖父はその役目に誇りを持っており、出番はなくとも熱心にお寺に通って学びを請うていたということもあり、住職とはとても仲が良かったそうです。

 

 その祖父の葬儀の際に自分に起こった不思議な出来事です。

祖父が亡くなった時には、既にご住職は息子さんに代を譲られていたのですが、祖父へのお経は住職ご自身が上げたいと仰ってくださり、通夜の席にてお経を上げて下さいました。

住職がお経を上げた後、祖父の遺影に向かって語りかけ始めた時です。自分に不思議なことが起こります。突然、人目も憚らないレベルで、自分は号泣し始めてしまいました。

 

祖父が亡くなったこと自体は悲しくは思っていましたが、号泣するレベルほど悲しいと思っていたわけではありません。自分でもびっくりです。

しかし、涙が全く止まりません。激しく嗚咽する一方、自分のことを冷静に見ている自分もいて、なんで自分はそんなに泣いているんだ?と思ってもいます。

 

周りはびっくりして自分を見ています。自分も見られて恥ずかしいと思う一方、どうしても涙が止まらないのです。当然、自分の姿は住職の目にも止まることになります。

そして住職と自分の目が合った時、住職がにこりと笑いかけてくれたのですが、途端に自分の嗚咽は収まりました。

 

嗚咽が収まった後は、もう恥ずかしい一心でずっと下を向いたままでした。

通夜が終わった後に、そんなにお爺ちゃんと仲良かった?と聞かれたりしたのですが、自分は曖昧な顔を浮かべることしかできませんでした。

この出来事は30年以上も前の話しなのですが、未だに忘れることができない不思議な体験でした。

 

個人的には怖い話は好きですが、心霊現象の類を信じますか?と聞かれたら、自分の答えは「どちらとも言えない/分からない」と答える派です。盲目的に肯定・否定する気はありません。

世の中、自分の知らない理や世界もあるだろうなあという感覚です。

 

以上、お葬式にまつわる二つのお話しでした。

ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

猫のお迎えまであと4日となりました。

お迎え準備を着々と進めています。

うちは、3LDKのマンションなのですが、物置程度にしか使っていなかった一室を「猫ルーム」にすることにしました。

環境に慣れるよう、アクセスできる部屋は少しづつ増やした方が良いよなんてアドバイスも貰っていたので、最初はケージ<ケージのある部屋<リビング<自分とパートナーの部屋というステップ方式で広げてこうと思ってます。

ということで、最初はこんな部屋から、

こんな部屋になりました。

ケージを拡大するとこんな感じです。

ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

皆さんのブログを読むことって、自分との対話になるんだなあと噛みしめています。

自分だったらどう思うんだろう?共感できるのかできないのか?だとしたらその理由はなにか?

もちろん、毎回毎回、そこまでの気合いや思いを込めているわけではありませんが、時々、頭を思い切り殴られたくらいの気付きや感情のうねりがあります。おかげさまで、毎日、ちょっとした時間に皆さんのブログを読むのが楽しみになりました。


こうもなると、自分も昔の思い出を吐露してみたくなります。仕事に挫けて、その後立ち直った話しです。




今の会社で働き始めて26年目になりました。

月日が経つのもあっという間です。

おかげさまで順調な毎日ですが、過去、一度だけ辞表を出したことがありました。

原因は同僚との人間トラブルです。

当時、自分は『仕事は斯くあるべき』という考えが強く、自他ともに強要していたところがありました。

今だから、強要なんて書き方ができますが、当時はそんな考えなんてありません。

同じグループの同僚に、こういうのって○○であるべきだよね。と仕事に真摯に取り組んでいる俺、カッコいいくらいな勢いで語っていました。

当然、そんな独り善がりは受け入れらるはずもなく、ある日、同僚が全く口を聞いてくれなくなったことに気付きます。

え?なんで?なんで?と思うも理由が分かりません。思いきって、同僚に尋ねてみるも、同僚は無言、無視。

その時、既に関係性は最悪になっていました。

自分が嫌われたことは分かるけど、その原因も分からない。教えてくれない。焦る気持ちは悪いことばかり考えます。そして、行き着いた先は『自分は人と違う(ゲイ)だから、嫌われたんだ。』と、とんでも思考でした。


ちょうどその時期は多感な時期で(20代後半ですけど)、毎週末、二丁目で遊び歩くと同時に虚しさを感じてた時期でもありました。親に孫の顔を見せてやれない。クラブのお立ちではしゃぐ一方、頭の片隅にはそんなことも考えて、自分はいったい何者なんだ?頭はぐるぐるな感じです。

そんなタイミングで同僚に嫌われたもんだから、一気に病みました。

こう書いてみて、今もなんでそんな思考になったか分かりません。病むってそういうことなんですね。

ともあれ、会社を1日休み、2日休み気がついたら会社に行けなくなっていました。

もう無理だ。なにを考えたら良いか分からない。

考えることもおっくうになるわ、朝起きたらポロポロ泣くわと散々です。

会社を続けられないと思った自分は当時の課長に辞表を出しました。


辞表を出した時、自分の気持ちは軽くなりました。

ああ、これで楽になれると。しかし、課長は辞表を受け取った後、黙ったままです。

その沈黙に耐えかねて口を開こうとすると、課長が一言。暫く休めと。いや、辞めさせて下さいということもできたと思います。だけど、仕事は好きだし、心残りもありました。悩んだ挙げ句、自分は分かりましたと返事をしました。そして、約1ヶ月ほど休むことになります。


その1ヶ月はとにかく規則正しい生活を送っていました。

なにも考えず、起きてご飯を食べて、ちょっと散歩してご飯を食べて寝る。そんな毎日の繰り返しです。

すると、少しずつですが、体調が回復してきて、1ヶ月後には会社に行く気力も湧いてきました。そして諸々の面談の結果、時短で復職に至ります。


復職して、しばらく後、課長との面談がありました。

体調はどうか?と。正直、まだモヤモヤだらけでしたけど、心配させるのも申し訳ないので大丈夫と答えました。

返事を課長は聞いた後、一冊の本を差し出します。

まあ読んでみろと。その本は、壬生義士伝という時代小説でした。


読んでみると、新撰組の末端志士の主人公が自分と自分の周りの人たちの幸せのために精一杯生き抜くという内容でした。新撰組と言ったら、近藤勇、土方歳三、沖田総司なんて有名処の話しぐらいだと思ってたので、へえ、末端志士の話しなんて面白いなあなんて思いながら読み終えました。

読み終えた後、課長に本を返します。

面白かったですと感想を伝えると、課長は

『そうか、仕事って大変だよな。

と自分に言いました。

その瞬間、自分は憑き物が落ちたかのように心が軽くなると同時に課長の前でワンワン泣き出してしまいました。

ありとあらゆる思いが押し寄せます。小説の各シーンが脳裏に甦ります。

そうだよ、仕事は大変なもんなんだ。自分だけじゃない、皆だって、大変な思いをしているのになに独り善がりになってたんだ。俺は自分でかってに苦しんで、かってに悩んでたんだ。頑張ったってできないこともある悔しいこともある。そんな当たり前のことを何で分からなかったんだ。さらに周りに勝手に思いをぶつけまくって。皆だって大変なのに。こんなことに気づけなかっただなんて、、


当時の気持ちを思い出して書いてるのですが、うまく書けませんね。もっと伝わる表現ができたら良いのですが。

ともあれ、自分はこの一言で救われました。


仕事は大変なもの。誰かがやらない、やれないことをやるからこそ仕事なんだと。今はできなくても、できないことで自分を責めない。できるようにコツコツ努力を重ねて泣いて喚いて、また歩き出すというのが大切なことなんだと心に刻みました。ゲイだからというのは関係ありません。


そこから、心は急速に回復します。

今まで気にしていたことが、全て些細なことのように思えました。心苦しくのたうち回っていた時と比べれば、大したことない。大したことない。と心は余裕のヨッチャンイカです(失礼)。

心に余裕が生まれると、周りを見渡す余裕が生まれてきました。その時、自分のことをいかに多くの人が心配、見守ってくれてることに気づいたのです。

それはまた自分の心をしっかり支えてくれる礎になりました。

その後、同僚とはつかず離れずの状態が続きますが、向こうが寿退社で退職することとなり、一応の目処はついたのでした。


このことが、起きてから、自分には二つの考えの変化が現れました。

一つ目は『仕事は大変なんだから、慌てても仕方がない。失敗してもそこから何を学べるかが重要。失敗を味わい尽くそう』という考え。

二つ目は、『なぜ人は感情が沸き立つのか。喜怒哀楽の感情をそれぞれ掘り下げると、自分の真の願いや想いが見えてくるのでは。だから感情とどんどん向き合っていこう』という考えです。※十数年後、発刊された「感情はすぐに脳をジャックする(佐渡島庸平)」を手に取った瞬間、これだーーー!と叫ぶことになります。


こうして、自分は課長の「仕事って大変だよな。」の一言で、自分の芯を得られることになり、今日に至ります。




自分も今は課長です。

遠藤課長、あの時、辞めそうになった僕を救ってくれてありがとうございました。

今は同じ立場になりましたよ。どこかで見ててくれると嬉しいなあ。拙いながらも、あの時、あなたがしてくれたことを自分も部下が困ってたらするようにしています。

その気持ちを忘れてしまってたこともあったけど、今は大丈夫です。自分なりに貴方の背中を真似ています。

あなたに直接恩返しはできないけど、その代わり、自分の周りの人たちに少しずつ恩返ししていこうと思います。

24年前、僕を救ってくれてありがとうございました


ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

表題がこれでもかってくらいニッチな内容ではありますが、、

ブログを始めてから、#ゲイカップルのブログを読ませてもらうことが多いのですが、同棲しているカップルの皆さんのお財布管理ってどうされているんだろうって気になってます。

すみません、CFP(or FP1級)を目指してるので家計とかの話しって気になってしまうんです。

 

自分は2ケースの経験があります。

 1.家賃、光熱費、二人の食事代は完全折半。それ以外は管理しない

 2.何においても、自分が2/3でパートナーが1/3の比率でお金を出す

パターン1は歳が近い相手と付き合っていて、且つ年収も同じくらいだった時

パターン2は歳が離れている相手と付き合っていて、年収差がある時

で、今のパートナーはパターン2です。

この前の記事で書いたのですけど、飛行機・ホテルだなんだでお金を使いまくってた時期がありました。今はその反動がきてて、パートナーと近場の公園・スポットに行って、家で作ってきたお弁当を一緒に食べるっていう方が好きなので、意識的にお金を出す機会はあまりないんですけどね。

 

ちょっと取り留めのないこと書きます。

自分、夫婦(夫)の在り方にちょっと幻想を抱いてまして、何かというと、まさに人生のパートナーとするからには、お互いの年収・貯蓄も明らかにした上で、一心同体で人生をともに歩んで行きたいという思いがあります。これが夫婦(夫)として人生のパートナーとしての醍醐味だよなあなて思っちゃってるんです。

家を購入した時にその思いは更に強くなりました。

今のパートナーは自分にとって終の相手とまで思える相手です。

だから、自分が死ぬ時はこの家も資産も遺してやりたいと思っていす。

多分その時はパートナーと養子縁組を組むことになるのでしょう。その考えはすでにパートナーに伝えていて、その考えを受け入れてくれています。

 

また、どうせ何十年か後には分かるんだからって理由で、自分はパートナーには自分の全財産と源泉徴収票を見せています。自分がお金を稼ぐ理由はパートナーと一緒に楽しい時間を使いたいからです。

相手に源泉徴収票を見せるまでってちょっとやりすぎなんですかね?

 

 

 

 

 

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少し前の話しです。同年代の友人からお金に関する相談がありました。

日々の生活はとくに問題なく送れているが、正直、貯金がない。

自分もあと20年もすると身体が動かせなくなると思う。

これから貯金をするにあたって投資をした方が良いか?とのこと。

自分に聞く前に、投資のことなんか調べたりした?と聞いてみると調べてないとのこと。

あーなるほど、、

 

回答としては、

投資は必ず必要ってわけじゃない。元本割れのリスクだってある。

もし投資をするなら、自身で投資のメリット・デメリットを自分で勉強してみて、腹づもりを決めたら、まずは少額から始めてみるってのはどう?俺はそうやったよ。

ただその前にさ、今の貯金ができてない事実について、原因は自分で分かってる?

直ぐに収入を増やすってのは難しいだろうから、まずは支出の蛇口を締めてみたら?

と答えました。

 

友人の家計の収支表を作ってみたところ、5万円くらい計算が合わず。計算が合わないんだけど、これ心当たりある?って聞いたら、スマホのソシャゲ課金とパチスロ代と申し訳なさそうな回答。これせめて半分に減らせれば、年間30万円は貯金できるよ。と、その日は「貯める」ことを中心に話して終わりました。

 

友人に対しては、投資するのは慎重にと言いましたが、じゃあ自分はどうかというと、

投資はガッツリやってます(笑

当たり障りのないところで言うと、こちらは確定拠出年金を7年ほど運用した成果です。

出口をうまくまとめないとどうしようもないのですが、「増やす」力はやはり馬鹿にできないと思いました。その他にもいくつか摘まんでいるのですが、コロナの影響は大きかったです。

 

そして、タイトルの老後資金は投資で増やすべき?についてですが、

個人的には、投資も視野に入れるべきだが、自身が勉強をして、「稼ぐ」「貯める(無駄づかいしない)」「増やす(投資)」「守る(騙されない)」の力を身に着けていくことが大事だと思っています。ここに「使う」力も入ってきますが、上の要素を勉強してくうちに自然に身についていくのかなぁと。

 

ここに至るまで、自分も相当な無駄遣いをしまくりました。

一番の無駄遣いは航空会社やホテルの上級会員になるための費用です。

当時はファーストクラスラウンジやホテルのラウンジアクセス権に憧れて頑張っちゃいました(笑)。経験としては貴重だったし、金はこうして回るものという勉強にもなりましたが、また上級会員になりたいか?って言われたらもういいや~って感じですかね。

(マイラーなら分かると思いますが、JALのダイヤモンド修行FOP単価5円なんて時代でした)

いきなり惚気ますが、今のパートナーと出会ってからは、一人で飛行機のファーストクラス乗ったり、高級ホテルで飯食べるよりも、二人でお家ご飯美味しいねと言ってる方が幸せです。

、、、あ~、それを実感させてくれたって意味ではマイラー、ホテラー修行も意味あったのかな。

、、、、すみません。暴走気味です。