こんばんは。ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

先日、正社員登用試験に落ちたことで、3月末に退職となった契約社員から連絡がありました。

無事に4月に就職することができたとのこと。

良かったね、おめでとうと伝えると意外な一言が。

「最初はしばらくのんびりするつもりだったんですよ。だけど、私が試験に落ちた時、その結果を私に伝えるJUNK課長の方がすごく落ち込んでたじゃないですか。私、課長の落ち込んでる姿を見て、このままじゃいけないと思ったんです。」

とのこと。

落ち込んでいる私を見て、ここまで自分のことを期待してくれたJUNK課長に申し訳ない。自分は学歴も中卒で大したことのない人間だと思っていたが、もしかしたらもっと可能性があるのかも。と思ってくれたとのことでした。

まずは仕事をしつつ勉強を始めて、高卒認定を取るつもりだと言ってくれました。

その言葉を聞いて、恥ずかしく、そして嬉しい気持ちになりました。

 

先日の記事でも触れましたが、自分は喜怒哀楽が激しく、なんだったらまあまあオーバーゼスチャー気味です(笑)。

その社員に対する感情の吐露も、単純に自分の気持ちの表れでした。そこに計算的なものは全くなく、むしろ恥ずかしいくらいです。ですが、結果的に相手の心の琴線に触れて、今後の生き方に前向きになってくれたことは、とても嬉しいし、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

自分は、仕事の中で芯(ルール)を決めています。それは、自分が決断する時の礎になっています。しかし、そこに絶対的な自信があるわけではなく、毎日が反省の日々です。いっそ自信がないからこそ、芯(ルール)を決めているのだとさえ思います。

そうした中、こういう言葉を返してくれることは、私自身の仕事の答え合わせにもなります。だから感謝したい気持ちにもなるわけです。貴方の言葉は私にも自信をくれたよ、ありがとう。ということです。

 

先月からずっと忙しい状態が続き、なんだったら少し気分がささくれだった時期でもありましたが、胸が暖かく涙が出るようなできごとでした。

 

 

傍では、巨樹(こじゅ※猫の名前)が自分の足にぎゅっとハグして寝ています。ああ、尊い・・(笑)。

あと、汚いオッサンの足出して本当にすみません。うちの子を自慢したいだけでした(笑)。

 

こんばんは。ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

久しぶりの金融ネタです。

トランプ関税の影響を受け、Xでは、「パニック売り」なんて言葉がトレンドとして出ていました。

うちの会社でも、慌てて売ったなんて言葉が出ていました。

個人的には、今回の件は好機だと思っています。

コロナで株が暴落した時に買い漁った経験があり、結果的にうまくハマりました。

今回は二回目のドジョウを狙うような気持ちです。この記事が黒歴史にならないことを願いつつ(笑)。

これは保有株の一部を抜粋したものなのですが、見る方が見れば、銘柄の多くをコロナ期に取得したものとお分かりいただけるかと思います。

企業が根本の力を失っていなければ、株価はいずれ戻るだろうと思っています。

また、この状況がこのまま見過ごされるとも思い難く、世界のバランスはどこかの誰かのWillにより取られるような気がするのです。世界はトランプだけが権力者というわけではありませんしね。

 

ということで、昨日、少し買い足したのですが、さらに買いのタイミングを虎視眈々と狙っています(笑)。

まだ一気に買い漁る心境にまでは至れてません。

さあどう出るでしょう。

こんばんは。ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

皆さんがお勤めの会社にも「評価」や「査定」の時期というのはありませんでしょうか。

うちの会社も例に漏れず、定期的に評価の時期がやってきます。その評価はボーナスや昇格に影響したりするものです。

 

私は末端の管理者、いわゆる課長なので、部下に最も近い立場の者として一次評価をします。評価はこの後、数度の評価を経て、最終的に社長決裁を経て確定する仕組みになっています。この辺りの流れは他の企業さんと大体同じかと思っています。

 

私たちの評価が終わった後は次の評価にステップがいくのですが、こうした過程毎に、いかに評価した自分の部下が優秀であるかを訴えていく必要があります。

私はこの時間が好きで、結構周到に準備しています。

他の課長に負けない(次評価者に響く)プレゼンをするための準備です。

証拠を揃えて、相手の発言に「異議あり!!」「ちょっとまった!」と唱え、ゆさぶり、証拠を積み上げていく。

まさに、逆転裁判を地でやっているかのような雰囲気です。

当然、相対する課長も手をこまねているわけではなく、相応の準備をしています。まさにバトルですね。

 

この中の嫌なパターンとして、「優秀な社員が平凡な結果しか出さなかった時の温情措置」を求めてくるケースがあります。

こういった時の主張は、普段は優秀だし、今年はたまたまだったんだから評価を下げるには忍びないと温情に訴えてくるケースです。この裏には、その社員のハロー効果に引っ張られてたり、評価のFB時に、その優秀な社員に噛みつかれるのを嫌がって高い評価を維持したいのだろうという考えも見え隠れします。

 

評価は仕事があってこそ。前年度、優秀な社員が今年度平凡な仕事しかしてなかったら、評価は下げるべき。課長は経年の中でその仕事ぶりが分かっているのだから、そうなる前に指導して、本人の行動を促すべきだったはず。と考えています。

なので、そういうコメントがあった場合の返しとして、「じゃあ、平凡な社員がその年とても優秀な仕事をしたとしても、こいつはいつも平凡だから評価はしない」ということですね?と聞くと大抵、この議論は終了します。

 

もちろん、自分の部下には日ごろから、

「評価の場で、戦える武器はお前たち(部下)が作れと。俺はその武器をいかに振るうか努力する。頼むから、ひのきの棒で戦わせないでくれよ(笑)。」

と言ってます。

 

私は自分の部下は、自分の子供だと思って接するようにしています。

そして、自分の夢は、いつか自分の子供たちが自分を追い抜いて、上の職位になることです。

もしくは独立して仕事を興すこと。それを楽しみにしながら、日々仕事を進める毎日です。

 

 

 

 

 

ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

最後にブログを書いてからまた3週間ほどが経ちました。ようやく年度末繁忙が終わりひと段落です。

前回のブログを読み返してみると、そんなことを書いてたことすら忘れていて、客観的に荒れてたなあ自分と反省の一幕です。

 

タイトルの件について。

先日、部下から、今度の休みの日に●●のコンサートに行ってくるんです。なんて話しを聞きました。

へー良いじゃん。楽しんでおいで~なんて言って、その場の会話は終わったのですが、自分、誰それのファンしてますなんてものが全くなく、時々、推し活的なことに没頭できる人が羨ましく思います。

 

小さい頃からそうだったのですが、なりふり構わず没頭するという行為ができなくて、頭の中の2割は必ず冷めた自分がいます。

自分はゲイでカミングアウトもしていません。ゲイであることを知らない人に対しては気を使って会話をしています。

それが結果として、物事・人に対する根底的な警戒感が生まれたのかなぁなんて思う時があるのです。

もちろん、同じゲイでも推し活をしている人はいるので、自分の考え方は主語が大きい話しとも理解はしているんですけどね(笑)。

この性格が、今の自分を形づくっていて、助けられたことも多々あったものの、心のどこかでそこまで打ち込めるものがある人を羨ましく思ってしまうんですよね。自分がゲイじゃなかったら、没頭できるものがあったんだろうかなんて、ないものねだりです。

 

推し活に少し関連して。

最近、歌手の中孝介氏が銭湯での迷惑行為で逮捕されたことがニュースになっていました。

彼のファンとまではいかないものの、好きな曲はいくつかあって、アマゾンミュージックのマイリストに入れてあったので、とても残念な気持ちになりました。

私見ですが、歌手に対して、客というのは一種の幻想を抱いていると思うのです。

歌手は、歌う歌詞どおりの人であろうという幻想が。それがこういったことがニュースになると一気に幻想は消え失せます。

彼が今後、人の心情に働きかける歌詞、歌を歌ったとしても、「でも、銭湯で痴漢したでしょ。」となってしまうのではと。

真実は分かりませんけど、良い歌い手さんだっただけに残念だなあと思いました。

 

 

ブログへの来訪ありがとうございます。JUNKです。

 

概ね、1か月弱ぶりのブログです。

気が付けば、あっという間に経っていました。

充実してたと思えれば良いのですが、残念ながら、仕事の緊急案件の取り回しが主で、なんだかとりあえず終わらせた~という1か月でした。

そして、忙しい時、すなわち自分にあまり余裕がない時って、自分の「素」が出るもので、ややもすると自己嫌悪になることが多い1か月でもありました。

 

自分は感情的な性格で、喜怒哀楽が激しいです。

自分は末席ながら管理職を務めています。そして、管理職の重要な仕事の一つとして、「決定」があると思うのですが、批判・批評のみを並べて、決定しない他の管理者にとてもイライラしてしまうのです。

 

うちのラインは、部下の人数が多いため、課はひとつでも管理職を複数置いています。基本的な仕事は同じですが、その中の細かい業務分担を振り分けることで、管理職毎の役割分担を行っています。

ところが、役割分担を受けている一人であるAさんが、部下からの相談に対して、決定行為を行わず、私に決定を委ねるということを頻繁に行ってきます。

 

休み明け、会社に出社すると、部下からAさん案件に関する決定の判断をして欲しいと相談が挙がります。

いやいや、それの決定権はAさんでしょ?というと、Aさんから、

「俺はこれで良いと思うけど、JUNKさんにも聞いてみて。JUNKさんが良いって言ったら良いよ。」

と言われたとのこと。

これじゃ役割分担する意味ないじゃんと思いつつ、困るのは部下なので、「この案件は決定で良いよ。決定とする根拠は●●だからね。聞かれたら、そう答えて。」と言って返します。

こんなことが頻繁に起こっていました。

 

そして、課のミーティングにおいて、自分が決めたわけでもない案件に対して、Aさんが、あれはこうだ。これはどうだと決まった案件に文句をつけ始めます。周りもげんなりです。

自分はそれにとうとうキレてしまい、「だったら、自分で決められたらどうですか?」と、ミーティングの席上でこき下ろしてしまいました。

皆の前で叱ることというのは、管理職としてやってはいけないことの一つだと思っています。

これが部下相手だったらまだ自制もできたのですが、同僚且つ年上ということもあり、抑えることができませんでした。

案の定、場は凍りつきます。しまったと思っていたところ、機転の利く部下が冗談を言って紛らわせてくれたので、その場を収めることができました。しかし、自分も感情的になってしまったことに落ち込みます。

もっと冷静に仕事をしないとと思う一方、自分が我慢するのも嫌だと思い、Aさんときちんと話しをしようと思い、二人で話し合う場を設けました。そして、ここでまた自分がキレてしまいました(汗)。

 

話しを進めていく中で、本題の「Aさんの担当案件のことは、Aさんが判断をして欲しい。」というお願いをしたところ、Aさんから、「だって、俺、プロじゃないもん。」との発言。これにまた自分がカチンときて言ってしまいます。

 

「じゃあ、Aさんは何だったらプロなんですか?俺らは都度、異動があって、色々な部署で新しい仕事をしますよね。俺らは、既存の部下たちから情報を受けて判断、指示をする管理職のプロなんじゃないんですか?俺らは管理職として仕事をするために高い給料貰ってるんですよ。あなたは、今の発言がどれだけ自分の仕事を否定して且つ開き直っているのか理解できてます?」

 

とまあ、仲直り(?)するはずの話し合いがさらに油に火を注ぐことになりました。

 

こんなことがあったもんで、自分もアンガーマネジメントできてないなあと自己嫌悪です。

こうしたもやもやした気持ちをブログに書くのもなあと思いつつ、かといって、もやもやしっぱなしだったので、思いきって書いてみることにしました。

 

とりあえず、会社行ってきます。