父親 | 福島ユナイテッドおばちゃんサポーターの独語

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最終戦を終えて、帰りのツアーバスの中でふっと父親の事考えてました。

10年前から肺気腫を患い、5年前から在宅酸素生活。入退院を繰り返し今年の3月に危篤状態になりました。延命処置は望みませんでしたが回復し無事退院出来ました。

なぜか…サッカー嫌いの父親。
「球蹴りの何が面白い?」
ただ福島ユナイテッドの存在は知っており
「弱いチームだなぁ~」と言ってました。


医師から、在宅酸素やっても5年が限界と言われ…死期が近いと覚悟してました。

アウエィ応援の時は、帰宅するまで父親が無事でいる様願ってました。

最後に父親と会ったのは11月10日の朝、MIOびわこ滋賀戦の観戦に行く前実家に寄り「気をつけて行けよ…」と言われました。



11月25日の私は朝から虚無感…脱力感…


翌26日に午前3時、父親の様子がおかしいと母親から電話。

父親は、意識が無く呼吸も悪かった。
呼名で幾らか意識回復。救急車到着した頃はチョツト良くなった感じ、病院到着後再び意識消失呼吸状態悪化…延命処置は望まず、呼吸、心臓、が停止するのを見守り、静かに停止…母親、私、娘の三人で看取りました。

午前4時55分。享年80歳。

穏やかな死に顔でした。


父親の遺言どうり、みんなで酒を酌み交わし、泣いたり、笑ったり…賑やかなお葬式でした。


月曜日は初七日。

今思うこと…本当に延命処置しなくて良かったのか?
本人は、もっと生きたかったのではないか?

私は、呼吸困難から解放させてあげたかった。

病院から、斎場に向かう車の中で見た虹は本当に綺麗でした。


「じいちゃんは、あの虹を渡って天国に行くんだね」と娘。

父親が死んだのに、清々しささえ感じた、朝の出来事…

闘病生活ご苦労様でした。


育てくれてありがとうございました。


何も心配せず、安らかにお眠り下さい。

母親は大丈夫ですから…当分迎えに来ないで下さい。






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