ベッドの上でテキストを眺めながらリスニング音声教材を聴く。ウトウトしてきた。そろそろ寝るか。


32月。今日は大学受験の前日。会場、つまりその大学に近いホテルに泊まって、明日の朝いよいよ受験だ。


思えばこれまで、一人でどこかに宿泊したことなんてなかったな。家族旅行とか、部活の拷問(合宿の意)くらい。


首都圏のホテルは近くにコンビニやらレストランやらあって、田舎の高校生にはそれだけで楽しい。今晩は松屋でカレ牛を食べてきた。うまい。


案外ぐっすり寝れた。ホテルを出て大学行きのバスに乗る。都会は便利だな。


すぐに着いた。夏にもオープンキャンパスでここに来た。いかにも大学の講義をやってそうな大きな教室に案内される。


試験が始まった。


この大学の試験は現代文の文章問題が多いのが特徴だ。部活を引退してから、とりあえず自分の学力がどんなもんなのかを知りたいと思い、志望校でなくとも様々なランクの大学の赤本を解いてみたが、ここまで問題量が多い現代文試験はあまりなかった。


学科試験が終わった。


あー、疲れた。英語はまあまあ手ごたえあったけど、現文ヤバかったかもなー。けっこう苦戦した。


ここの受験は、一般入試にも面接がある。数人のグループに分かれて行われるので、順番待ちが長い。学科試験を受けた席でそのまま待つ。うーん退屈だな。


あ、漱石でも読むか。


現代の日本文学すらロクに読んでいない高校生が暇な時間を埋めるためにふと思いつくハズのない行為である。だいだい今さっき、あれだけ対策した現代文の試験でコテンパンにされたばっかりだぞ。


電子辞書は当時の私のような、有識者も憂いそうな本を読まない子どもを"啓蒙"するのにも最適なツールだったかもしれない。そう、電子辞書には当時から様々な辞典のみならず、夏目漱石など近代日本文学の重要作品が収録されていたのだ。


まだ面接まで時間がありそうだ。電子辞書を開き、ちょっと前になんとなく読み始めた漱石を読み進めることにした。


たしか、猫が台所でジタバタする場面に差しかかったあたりか、私の番がきて、電子辞書を閉じて面接に向かった。


面接が終わり、試験終了。同じバスで駅に向かい、電車に乗って北関東の実家に帰る。なんか、小旅行みたいでけっこう楽しかったな。


吾輩はその大学になんとか合格したのだった。