地方にはバーガーキングが少ない。私の住む場所からは自動車で30分ほどのショッピングモールまで行かなければワッパーにありつけない。それでも食べたいので行く。


バーガーキングというと、ドイツ映画『グッバイ、レーニン!』に、西側を表す記号のように登場する。


コカコーラもそうだ。東ドイツの体制存続を信じるお母さんが、ビルにコカコーラの広告が掲示されるの家のベッドから見てしまい、主人公である息子に


Alex? Was ist das?


と聞いて周囲が慌てふためくシーンは印象的だ。東ドイツマルクも紙切れになり、ドイツ民主共和国は終わっていく。


作中には東側を示す記号ももちろん登場する。


ベトナム人が出てくるのだ。


ある日、主人公アレックスは仕事でドアノック営業に出かける。アパートの一室をノックすると東洋系と思われる容姿の男性が出てきて、


Anh muốn gì?


直訳すると「お兄さん、何がほしいの?」

つまり、何ですか?と聞いているのだ。彼の発音は間違いなく北部地方、つまり統一前の北ベトナムにあたる地域のベトナム語であることが分かる。


欧州の東側諸国に北ベトナムからも労働移民や留学生が渡ったことはよく知られている。冷戦が終わりに向かっても彼らがみな故国に帰ったわけではない。アパートから出てきた彼も、きっとそういう境遇なんだろう。


ちなみに日本でも有名なベトナム人兄弟の入院したハノイの病院にも東ドイツが関わっており、お二人には


ベトナムを意味するViệt (ベト)

ドイツを意味するĐức (ドク)


という名前がつけられた。


生まれたころには東西ドイツが既に統一されていて、ベトナムもとっくに市場経済にシフトしていた私のような子供にとって、冷戦時代は文字通りの歴史である。ベトナム語を学んでも、ドイツ映画を観てみても、当時の空気を肌で知ることはなかなか難しい。


身も蓋もないことを言えば、かつてあった時代をもっともリアルに感じられるものは、やはり物質だろうか。おや、唯物論が展開し始めたぞ。


むかし恩師からもらったソ連時代のルーブル紙幣や、ホーチミン・シティーの雑貨屋で見つけたベトナムソ連友好マグカップ(その恩師の誕生日にプレゼントしたら、既に友人であるベトナム語の専門家から貰ったことがある、と大笑いしていた)とか、そんなものは、私の知らない時代の空気を閉じ込めたカプセルのようだ。


私か初めてベトナムを訪れた2010年代半ば、タンソンニャット空港のロビーにはバーガーキングがあった。ホーチミン・シティーに行けば、開店したばかりのマクドナルドが客で賑わっていた。バスターミナルに書かれた党のスローガンやドン紙幣に載った"おじさん"が、なんだか虚しかった。こういうこと言わない方がいいか。


その時から、日本にいくらでもあるジャンクフードやコーラが、ソ連ルーブルや越ソ友好マグカップのように歴史を物語る資料にも見えるようになった。まあ、腹ペコでハンバーガーにがっついてる時には、そんなこと考えてないけど。


そんな重要一次資料であるバーガーキングがもう少し地方にも増えたら嬉しいな。もっと気軽にワッパーが食べたい。少なくとも冒頭で触れた店舗は頑張って続けていただきたい。グッバイ、バーガーキング!なんてごめんだ。