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薩埵(さった)の本城は景勝地で知られる今の薩埵峠から南へ1km足らずのところにある薩埵峠ハイキングコース途中、薩埵峠標柱すぐ脇の山中に眠っている。

薩埵峠は薩埵山が駿河湾にせり出す難所で、歴史上何度か戦場になったところだった。ここは永禄十一年(1568年)に武田信玄が駿河に侵攻し、今川氏真と後北条氏が迎え撃ったときの陣城遺構と考えられているらしい。

この付近には、さらに山奥になる薩埵山の奥にも陣城遺構らしいものが残っているという。


翌日が桶狭間古戦場や岡崎城をめぐるツアー参加というこの日、本降りの☔の中で何を血迷ったか登城道がないというこの城にアタックした😂

なお事前の下調べでは一部がミカン畑とのこと。今回見た範囲には現役の畑は無さそうだったが、私有地ではあると思われるので注意が必要。


まずは、薩埵峠への登道へ入ってゆく。

薩埵峠展望台の駐車場はすぐ満杯になるので避けて、西の登り口へ。

スタート地点は、トイレもある墓地の駐車場。


さっそく、古道っぽい切通し状になって、香ばしい雰囲気✨

 
細かめの雨がザーザー降って、旧薩埵峠から望む国道1号や田子の浦方面はけぶっている…

薩埵峠は景勝地で名高いのに、何が悲しくてこんな天気の日にやってきたか、的な景色…😂

 

現在位置(Googleマップで)

城直下の道は、山側が切り立っている上に🌿🌿が濃厚で、突入するとヤブ切岸登りになるだろう💦

峠の標柱などのあるところを少し通り過ぎた、このあたりから取り付くのが良いかも知れない。

 

ここから先、道は無い。


とにかく傾斜が急で、一気に直登で突破するには標高差もある。

登れそうなところを探しながらジリジリ登ってゆくことになろう。

道から30メートルも登ると、周囲が階段状になってくる。

これは城の遺構だろうか…

 

1段が1メートルぐらいの階段状の向こう側に、城塁らしい土壁が立ちはだかっているのが見えてくる。

あの上が、どっかの曲輪に違いないな🙌

 

これがまた、登れそうなところがない💦

何しろ、片手が傘で塞がってるからな☔


立木や木の根などに掴まってどうにか登ると、かなり広い🌿🌿の削平地に出た。

ここが主郭かいな😮

 

一部そうでもないところもあったが、とくに北の方は灌木が多くて全体が見通せない…

なので縁に沿って、まずは北西に向かう。

今登ってきた城塁、ちゃんと切岸加工を入れてたな😨

 

この城塁に沿って西に行ってみると、北西への尾根続きに堀切が穿たれているようだ😮

 

この堀切の向こう側を確かめるべく、降りてみる。

岩盤系の見事な土橋を渡している✨

なんかパイプが渡っている…

 

この土橋、ぱっと見では石を積んだようにも見えるが、実際に近くで見てみると地山の岩盤を削り残したっぽい。

両側はには丸っこい底の堀状が伸びている。

西の方


東の方は、より幅が広いみたい。


そして土橋の先に曲輪のようなものは無く、そのまま尾根になって緩やかに下っていた。


ここから先には何もなさそうなので、主郭に戻って残りの部分を見て回ることにした。

南の方へ進むと下草が少なくなり、ほぼ全体が見渡せるようになった。

南北に少し長く、テニスコートより少し広いぐらいか。


これが陣城かと驚くような、しっかり施工されたらしい切岸加工が…😮

山側で、これ。


海側は、もっと徹底している。

この傾斜でたぶん下を通る峠道まで落ちているだろう。

縁に立つと滑落が怖いほど…😨


そして南の端には、さっきのよりはだいぶ浅いが幅はそれなりにある堀切が横たわっていた😮

ヤブっぽくて写真じゃ見えやせん💦


土でだいぶ埋まったんだろう…

丸い底


西側を土橋で渡っていたようだ。


これで城は終りと思ったが、すぐ先が小ピークなので入ってみる。

わりと幅が広く、歩いて登れるぐらいの傾斜で高度を上げてゆく。

 

トバ口は🌿🌿だなぁ😂


何しろこんな🌿🌿を、すぐ近くさえ霞むようなザーザー降りの雨が降る中、傘差しで歩いている😂
身体じゅうが、あっという間にビショビショになる…

少し登ると、また上の方が階段状になっていた😮


耕作放棄地かもと思いながら登ってみたが、そんな感じがしない。

段郭みたいだな✨


上の段、どっから登りゃいいんだ?😨


ともかくも、何とか登ってピークへ。

そこは、アパート一室ぐらいの広さだが、しっかり削平された空間だった。

恐らく城内最高所にあって天守台にも見えそうだが、陣城にかぇ…?🤔


さっきの平場は、西の裾を囲むように続いていて、帯曲輪のようだ。


ここで城はもう終わりと思って、下の道に出ようかと下っていったんだが、このあたりの尾根の周囲にも切岸加工っぽい直線的な急斜面はあるし、段々にもなっている…


尾根の先端は、船の舳先のように尖った段になっている。

ミカン畑とかだと、尾根の天端や段をこんなに狭くするのかなぁ🤔


その舳先のような左下に壊れかけた小屋掛けがあり、その下の斜面が城の終端かな…?

小屋があったとなると、後補で何らかの手を加えられたようだが…


下は切岸加工されたらしい急斜面になっているが、その下は堀のようにはなっていない様子。

 

というわけで、城はここまでかなぁ…?


ここまで見て回ってきたところを地形図上に描くと、こんな感じになるか。

例によってGPSログなどは取っていない(要所で位置は確認している)ので、位置や形状などは正確でない。

(電子国土Webの図に筆者作図)


ここから斜面を下って薩埵峠道に戻れるかと思ったが、ここから下の斜面はやっぱり両手を使わなければ降りられないほどの急傾斜で、この雨の中傘差しで突撃などとても出来ない有様だった。

仕方なく、来た経路を戻って退散した。


一時的にしか使わないはずの陣城にしては、そこそこ以上にガッチリ守っている城という印象だったが、ミカン畑の造成が少し混じっているのか…?

そして、翌日に参加したツアーで訪れた桶狭間合戦の、ここはモロ後日譚の舞台だったか…😨

 

★薩埵の本城

静岡県静岡市清水区興津東町

薩埵峠西側登り口に駐車場あり(普通車4台分)。

山城


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(2025年6月3日 記)