根小屋城は高崎の市街地から南に5kmほど、上信電鉄線沿い西側の山中に構えている。このあたりは比高のそれほどない丘陵地帯ながら尾根と谷が複雑に入り組んでいて、高崎自然歩道なる山道が縦横に走っている。
このあたりに進出していた甲斐の武田氏が永禄年間に築いたとされる。北の茶臼山城と南の山名城の中間付近にあって、当初は狼煙台として築かれたという。
この日は山名城とセットで攻略するつもりで、北側の金井沢碑から登ることにしたが、例によって朝寝坊して出発が昼前という…😅
金井沢碑は城山団地に登る広い車道の北側の谷にある。
きれいに整備された駐車場にトイレも使える。
反対側の山上碑の方も整備されていて、大集団でなければ安心して利用出来るだろう。
整備された道の脇には、万葉集の歌碑がいくつも立てられている😮
少し進むと沢を渡るようになり、その手前に歌碑と自然歩道の案内図がある。
根小屋城へは、山上碑までの道からだいぶ東に逸れたところにあるようで、山名城〜茶臼山城間の尾根線上の城では無いらしい…
ここから山上碑まで2.5km、根小屋城までは2.0kmとのこと。
登りだしてすぐ城、という山城ばっかり行ってヘタレになったワタシの身体には少々手強いか…?😅
沢を渡るとすぐに、鎌倉街道七曲りの説明板が立っている。
もっとも、今の山道は当時のものではないとのこと。
その先の階段、そう長くもないが息がはずむ…💦
しばらく進むと、左の方に分岐が現れ正面はコンクリの側溝のようなものが埋め込まれたような場所に出る。
ここは山上碑に向かって左へ入る。
少し進むと、尾根を穿った堀切のような切通があるが、城まではまだ1km。
城の遺構ではないだろうけど、往時からあるとすれば、けっこうな格の道だったかな…?🧐
さらに200メートルばかり先のここなんかも、谷側が土塁状で、かなりしっかり槌を入れて掘った道だろう…
その先が、またコル状。
左に折れて、尾根の上へか斜め前の裾を通る道へ進む。
正面右は『森林公園』に出るらしい。
さらに尾根上の小ピークを越えたりすると、この分岐。
これから目指す根小屋城は直進、右に折れると山上碑方面に行ける。
山名城へも700メートルぐらいで行けるか😙
分岐を直進して根小屋城に向かう💨
この先も、登城道っぽくない尾根上の道が続く。
砂利が撒かれているらしく、落ち葉も土の露出も少なくて歩きやすい😊
しばらく進んで、いよいよ正面が城山かというオーラを出して盛り上がって来ると、左側にあずま屋が立っている。
少し手前の右側に説明板。
ここまで来て、やっと説明板に根小屋城が現れる。
あずま屋の前から道は下りになり、すぐに登り返して城山に取り付くようになる。
その下りきった底…
左を見ると…
やったー🤩堀切ゲーッツ💪
これ、ササヤブに覆われて見づらいけど、深さ5メートルはある。
尾根を穿って、進路を南の狭い城道に絞っている。
…となると、ここを登ればいよいよ城だな🤗
(ここから本編 高崎 根小屋城 その1に続く)
(2023年4月18日 記)