後閑城は、信越本線磯部駅から真北に入ったところにあって、城址公園になっている。
嘉吉年間に依田忠政が築き、変遷ののちに後閑氏の居城となった。後閑氏は箕輪城の長野氏、甲斐の武田氏と主君を変えて最後は北条氏の配下となった。小田原合戦で北条氏が敗れたが、後閑氏は生き延びた。後閑城のその後はよく分からないらしい。
6月最初の城攻めは気軽に行けるココにしようと決めて、例によって前夜に出発したが、なぜか到着したのが昼前という…😅
もう眠いんよ〜🥱
城址公園への入口から案内に従って急坂を登ると、キレイな切岸の前に駐車場があった。
登ってきた道の脇にはトイレが立っているが、背後の切岸のカーブが、またイイ✨
先ずは西第三郭の南側に伸びる道に沿って、東の方にある大堀切を目指すとするか💨
しばらく進むと南堀切。
さらに進むと、公園整備用に付けられた道というところを通り抜けて、東郭が見えてくるところで大堀切が現れる。
反対側から見てみる。
反対側には二の丸がある。
堀切側の突端には、カチッとした櫓台が立ち上がっていた。
かつて、この櫓台には模擬櫓が立っていたらしいが、今は…
残念😢
撤去されていた。
さらに奥に進むと、階段を降りたりしているうちに風景が一気にワイルドに変わり、随分なで肩な曲輪が連続しているような尾根が見えてきた。
あれが東郭群だという😮
アプローチ道も怪しくなった東郭群に入ってみる。
最上段には案内も立っていたが、これまでの公園城の風貌とは明らかに違う😮
でもこういう所の方がワタシ好みだったりするのはナイショ🤫
下の段には、もはや降りる道もなく、段を直降りするしかなかった…
二段目に降りたところ。
最上段との段差は、完全に自然に還っているでは…
段郭がかなり下まで続いているようだが、キリがないので引き返した💨
少し戻ると、本郭の手前に構える東郭の方へ登る道があったので、入って行った。
ココ、美しい✨
城の虎口としてはだいぶ公園チックで、往時の姿をとどめているとは言えないんだろう…
が、取り巻いている緑の美しさと言ったら…🥳
奥に見える階段を登ると東郭。
そして本丸。
登ってきたのと反対の西郭の方に降りられる。
一番上の西第一郭を俯瞰。
更に降りると駐車場に戻れるが、その前に北の堀切と曲輪を見に行った💨
まずは北第一堀切。
隣に北第2堀切。
第一堀切の底が平坦なのに対して、第二堀切は土の曲線がそのまま出ているな…🤔
真ん中の土塁に登って見た、第一・第二堀切が…
コレ、この城のカバーにしよう🥳
この北には曲輪が一つ挟まって、北第三堀切となる。
公園の範囲はココまで。
公園はこの右の曲輪までだが、縄張上は左側にも曲輪があることになっている。
覗き込んでみると…
という事で、ここまでで撤収する事にした。
さすがに公園城だけあって、他に訪れる人もあり、土の城の遺構が見やすく整備されていた。
こういう整備で、訪れる人も増えればイイなぁ😊
★後閑城
群馬県安中市後閑
公園内に駐車場あり。
山城
(2021年11月29日 記)