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車を少し北の天幕城ちかくの公園に停めて、毒島城を攻略した後さらに南東に進んで赤堀城に向かった。

この赤堀城、周囲に駐車場がなくて、近くを通過しながら登城を断念すること2回、という因縁がついていた。

だから今回は、健保組合のウォーキング大会期間に乗じて、歩き込んで歩数を伸ばしつつ、三度目の正直でなんとしても攻略してやるぞ〜💪

と、燃えに燃えての城攻めだった…

 

しっかし、城への入口分かりづらいの何のって…😮

 

すぐ前を県道76号が通っているが、駐車場はおろか入口を示すものも何もない…

挙句の果てに、入口はこんな所💦

→現在位置

これじゃどう見ても、人の家に入り込んじゃうんじゃないかと心配になるわな😨
 
いや、それで正解だった😮
この細い路地を抜けた先の主郭に入ってみて納得した。
これ、完全に人の畑やわ…😮
こりゃ、やたらとヨソ者を入れたくないワケだ…
 
べつに史跡指定された場所がもともと畑なら、そのまま畑にしておいて良いワケで…
見学者を入れるかどうかも地主や市の考え次第みたいだし…
 
畑の周囲に高い土塁がめぐっているが、ズカズカとは踏み込めないので様子を見に行くことが出来ない…😢
畑の中央に敷かれた広めの道を奥に進んでゆくと、虎口があった。
 
手前には、まず右から土塁が入る。
高さは4メートルはあるだろう。
 
続いて左側にも土塁が張り出してきている。
高さは右のと同じくらいで、こちらは緑の🌿に覆われていた。
 
虎口のところに説明板が立っていた。
…けど、字が消えそうで読みづらいよ〜😭
もともと藤原秀郷末裔の赤堀氏の居城で、由良氏の幕下に入ったりした後、最終的には後北条の城となって幕下の小菅氏が入城、小田原合戦で後北条が没落するとともに廃城となった、という来歴のようだ。
土着した国人領主がより大きな勢力に吸収されたり潰されたりした中世の時代の流れが、この城の来歴にも刻まれている、か…😐
 
説明板の横の虎口、土塁の切れ目がそうとう広い😮
城柵か板塀を従えた冠木門が似合いそう✨
 
虎口の北側には、これまた立派な空堀が横たわっていた✨
だいぶ浅くなってはいるようだけど…
 
空堀の外にはすぐに住宅地が迫っていて、ホントに窮屈そうな城だった😢
 
何とも、ヨソ者には入り込みづらい城だったけど、遺構はハッキリ残っていて、通りすがりにソッと見ていきたい城だった。
ソコソコの距離から徒歩行軍で攻略したの、正解だったかも⁉😮
 
★赤堀城
群馬県伊勢崎市赤堀今井町
周囲に駐車場見当たらず
平城

 
 
(2021年9月29日 記)