その世界があなたにとって全てじゃない【高校時代】 | モダン金継ぎ【グルー継ぎ】はありのままの姿を認めて大切にするハンドメイド

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ハンドメイドだからできる、暮らしの中から楽しみながら持続可能な社会を実現すること。
無理するのではなくて、頑張るのでもなくて、ゆるく、楽しく、それでいて、ちゃんと未来の子供達に今よりもっと良い社会を残したいと考えるためのブログです。

 
 
50代になって、友人たちと過ごす時間がとても心地よくて、
とくに学生時代の友人たちに会うと、スッと当時に戻れて心が解放される。
でも、それはすごく幸せなことなんだと今強く思います。
 
学生時代の友人たちとどんな関係にありますか?
 
 
 
 
今思えば、一番生き辛かったのは高校2年生の時だったと思うのです。
なぜならば、当時の学校生活の記憶がほとんどないから。
 
ぼんやりと覚えているのは、ほんの少し。
 
人は、自分の心を守るために覚えておきたくないことを忘れていく。
逃げてるというよりも、無くしてしまおうという自衛本能なのかもしれません。
 
打って変わって、翌年の高校三年生は、とにかく楽しくて、毎日学校に行くことが嬉しかった。
そして、当時のクラスメートとは今もなお繋がっています。
冒頭の心地よい仲間たちも当時の友達たち。
 
 
もし、忘れている高校2年生の時に
私が学校に行かないという選択をしていたとしたら
当たり前のことながら、あの楽しすぎた高校3年生の時間はなかった。
そして、今も繋がる学友たちとの出会いもなかった。
 
 
忘れていると言えど、特に大きな出来事はなかったと思います。
虐められたとか、虐めたとか、学習におけること自体も
学校や先生との関係も問題があったわけではなくて、
とにかく、ぼやっとしているけれど、なんとなくこの辺(胸あたりに)嫌な感じだけがある。
そんな1年間だった。
 
 
その理由が、今回自分の性質が分かって
「なるほど。」と、少し霧が晴れた気がしています。
 
あの時、私を含め
あの頃のみんながきっと、色んなことにモヤモヤしていたり
色んなことに怒っていたり、不安や、葛藤や、焦り、
本当にありとあらゆる感情がドロドロと渦巻いていたんだろうと思うのです。
思春期ってそんなときでもあります。
 
その空気がとにかくしんどかったんだろうなと。
今思うと、納得しました。
 
でも、特別なことがなかったと言えるけれど、
当時の17歳の私にとってはそれが全てだったのではないかなと思います。
そして、今もそんな思いの子供たちがたくさんいるはずです。
 
 
考えなくても良いことまで、考えてしまう。
感じなくて良いことまで、感じ取ってしまう。
思い出そうとしても、あの頃の教室が暗くて、重くて。
窓際の席に座っていたのに、日が当たっているイメージが全くなくて。
 
いや、本当に。
高校3年生のあのクラスが私の人生に存在してくれて
本当に幸せだったんだと、今更ながら思う。
 
今、それがどうしてだったのか?17歳と18歳の私が何が違ったのか
ちょっと考え直してみたいなと思います。
 
 
辛くても、しんどくても
その先には未来があるし、その可能性は大きい。
そんな風に55年以上生きてきてハッキリと言えます。
今辛くてしんどくても、その世界があなたにとって全てじゃないはず。