コロナのために主役の「志村けん」さんが亡くなってしまい、いったん、制作中止に追い込まれてしまった松竹映画「キネマの神様」をブルーレイで鑑賞。
正直、名作とは言えず「イマイチ」な感想で、「若い頃が菅田将暉で、年取ってから志村けんは、違いすぎるだろ」とか「自分が大好きだった人に、出会って、履歴書まで見せられて、気がつくまでに時間がかかりすぎるだろう」とか「城戸賞は、未発表の脚本に限るなのに、応募できないだろう」とか、ツッコミどころはいっぱいなんですが、小さな映画館が頑張っている様子とか、映画好きにはうれしい場面もあったので、まあ、よしとしましょう。
さて、この映画の中で「印象に残った」のは、映画に出た女優の「北川景子」さんの顔がアップになった際に、「彼女の瞳の中に、その時、撮影現場にいたオレの姿が写ってるんだよ」と沢田研二が言う場面。
そう、瞳って、鏡のようにきれいに反射して、魚眼レンズのように広範囲に周囲のものを写り込ませるものなのです。カメラに詳しい人には、これはよく知られていることで、刑事物のドラマの中にも、「瞳の中に犯人の姿が写り込んでいて、それが決め手になって逮捕」なんていうエピソードがあったりします。
映画とか写真の撮影の現場でも、実際、周囲の撮影風景が写り込んでしまうわけでして、昔の「化粧品のポスターで、女優さんの顔が大きくアップになったもの」とかを、そのポスターに目一杯近づいて、虫眼鏡で見ると、「レフ板」「照明機材」「現場スタッフ」がしっかりと写ってたりしました。
同じような原理で、「料理写真におけるスプーンとか、金属製のお皿」などでも、周囲の状況は全部写り込んでいたしして、その「スプーン」の部分を虫眼鏡で拡大して見ると、「カメラマンと助手と、料理を作ったシェフと・・・ 全部で8人で見ている様子」がわかったりします。
昔、カメラの修行をしていた時期は、町中で見つけたポスターを虫メガネで見て、「この写真は、こういう機材で、こういうふうに撮っているのか~」と思いながら観察して勉強したりしたもんです。
まあ、昔のカメラは中判とか大判とか、大きなフィルムで撮っていて、解像度がすごく良かったので、こういうことができたわけです。
映画を見ながら、そんなことを思い出した次第です。
※今は、CG処理で、瞳の中に写り込んだものは消してますから、昔のように見ることはできません。