結果が出ない子を見守るのは、想像以上に難しい。

特に、それが「数字」で突きつけられる場面では。


合格点が、一度も出なかった


中学受験を振り返ると、

志望校の合格点は、受験直前、最後の最後の過去問まで一度も出なかった。


母としては、

「もしかしたらダメかもしれない」

そう覚悟を決める時間が、少しずつ増えていった。


現実を見ているつもりで、

心のどこかで、先回りして傷つかない準備をしていたのだと思う。




本人は、驚くほど落ち込まなかった


不思議だったのは、本人の様子だった。

毎回合格点を超えていないのに、落ち込むこともなく、なぜか自信満々。


「大丈夫でしょ」

そんな空気をまとって、いつも通り過ごしていた。


親の私は内心ヒヤヒヤしていたけれど、

その様子を見て、口を出すことができなかった。




12月の母の気持ち


年末年始の空気とは裏腹に、

心の中はずっとザワザワしていた。


このままで本当にいいのか。

新たに何か手を打つべきなのか。

でも、今さら大きく変えられることもない。


できることは、

いつも通りの生活を崩さないことだけだった。



子どもは、思っている以上に現状をわかっている


点数が取れていないことも、

簡単ではないことも、

本人なりに、ちゃんとわかっていたのだと思う。


それでも前を向いていた。

それが、その子なりの受験との向き合い方だった。




伸びしろは、結果が出ない時期に育つ


結果が出ない=止まっている、ではない。

見えないところで積み重なっているものは、確かにある。


まだまだ伸びしろはある。

我が子がそうだったから、今ならそう言える。




見守るというのは、信じて黙ること


親ができることは、

焦らせないことでも、励まし続けることでもなく、

信じて、余計なことを言わないことだったのかもしれない。


結果が出ない子を見守るのは難しい。

でも、その時間は決して無駄ではない。


親が思う以上に、

子どもは自分の立ち位置を理解しながら、前に進んでいる