中学受験で「天王山」と言われる、6年生の夏休み。

我が家では、ついに大喧嘩をしてしまった。原因はよくあること。
でもその日は、私が引かなかった。
そして、いつもは折れる息子も引かなかった。
夜10時すぎ、蒸し暑い夏の夜。息子は無言で家を出て行った。
「どうせすぐ帰ってくる」
そう思っていたのに、10分経っても戻らない。
運悪く雨が降り出して、急に胸がざわざわしてきた。
1時間後、ようやく帰ってきた息子は、少し大人びた顔をしていた。話を聞くと、近所にある小学校の友達が通っている塾の前を歩いていたら、中から講師の先生が出てきて声をかけてくれたらしい。
「興味があるなら、今度おいで。」
それだけの、たった一言。
でも息子にとっては、忘れられない言葉だったようだ。
私はその話を聞いて、「いい人が声をかけてくれて本当によかった」と、心から思った。


塾に通っていると、
「精神年齢が一気に上がったな」と感じる瞬間がある。
特に、難関校の国語の問題。
あれは、知識だけでは解けない。
人の気持ちや立場、人生の機微が分からないと歯が立たない。
だから塾は、あえて引き上げる指導をする。
大人が読むような小説を読ませたり、人生経験の話をしてくれたり。子どもにとっては刺激的で、世界が一気に広がる。
塾が大好きになる子が多いのも、きっとそのせいだ。
母が思っているより、子どもはずっと先を歩いている。


あの夏、私は息子を追いかけてばかりだったけれど、
振り返ってみると、中学受験の醍醐味は、
「勉強」よりも「成長」を間近で見られたことだったのかもしれない。終わってみて、そう思う。