夏になると、もう1つの事件を思い出す
大磯で夜に海の家を借り切って、バンドや落語を楽しむ会があって
昼間の魚のさばきからボランティアで手伝った
夜になって、大きな鍋に油を入れて、さばいた魚を唐揚げにしていった
火の前なので、暑い暑い、ついつい生ビールをごくごくと飲む
そして、大量のからあげを揚げ続けた
料理が終了して、みんなが涼んでいる場所へ行ったら、酒屋さん(なのかな、記憶が怪しい)が
コップでいろいろな冷えた日本酒を売っていた
一杯200円くらいだったかな
喉も乾いていて、一気に5杯飲んだ、ちょうど初期バージョンのiPadが発売された年で僕は持っていたので
みんなに見せびらかしたのを覚えている
そして、次に気づいたら、夜が明けかけて空が明るくなっている、海岸道路で寝ていた
右手の親指の付け根がものすごく腫れ上がって、こりゃあ骨まで逝っちゃったかなと思えるほど
体中打撲だらけ、この海岸道路は柵がなく、北側はそのまま3m~5mくらいの段差がある
多分転げ落ちて、這い上がって、力尽きたものと思われる
病院へ行ったら、靭帯損傷、筋肉断裂、転げ落ちて手を付いた時、親指が手の甲の方へ逆に折れ曲がったらしい。
治るのに半年ばかりかかった
無論、カミさんは激怒して(当たり前)もう、二度とその会には出てはダメと言われた
あの時も、ちょっとの間酒をやめていたのに、いつの間にか元通り
大きな怪我をしたのは、昨日書いた去年と、これが覚えている2大大怪我ですね~~~
まあ、いわゆる、懲りない性格だった訳です。
この時も、死ななくてよかったって思ったんだけどね、本当におばかさんでした
「禁酒セラピー」には、アルコール依存症の人とは、飲酒をコントロールできなくなった事実を認めた時とあります。 コントロールできなくなった時ではなく、自身でその事実を認めたときということです
それは、幸福な未来への第1歩でもあると
なぜならば、自分で認めない人は、(コントロールできていると思っている人)は、断酒という、最高の方策へたどり着くこともできずに、どんどん、悪い結果へと自分から近づいてゆく事になるからです。
この本を読んで、本当になるほどなぁ~って思いました
年に1回ほど飲みすぎて、事件を起こしているだけで、いつもはちゃんとコントロールできているじゃないかって思っていました。 これがとんでもない事だったわけです。 年に1回の事件が、今までは自分の体を傷つけたり、何かを盗まれる被害者になっていたから良かったものの、もし、とんでもないことをして加害者になっていたら、一生後悔することになります。
コントロールできない(飲み過ぎる)頻度じゃないんですね、1回でも100回でも同じなんです
僕は、別居を言い渡されて、初めて本気で酒をやめようと思いました
この事実は、人生の中では、悪いことですが、これをきっかけに酒をやめれるのなら
それは、良いことだし
きっかけをくれた、カミさんに感謝しなくてはなりません
今日も1滴も飲みませんでした。
8月中は、2回ほどどうしても飲まなければならない約束があるんですが
必ずコントロールしてみせます
そして、9月から、きっぱり断酒!
会社のみんなには、ドクターストップがかかっちゃって、もう飲めないんだって言ってあります。
自信が付いたら、飲み会にも参加して、ノンアルコールで頑張ってみます。
とにかく、毎日の積み重ねでしかないし、色々ブログを見ていると、1滴でもアルコールを飲むと、もう、抑えが効かなくなってしまう人もすごく多くいらっしゃいます。
僕はそこまで行かないうちに気づいてよかったです。
さて、今日もゆっくり寝ます。
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